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『兄帰る』 永井愛 |
| 設定の問題 井上ひさし |
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孤島の生理学研究所に異常に高い知能指数を持つ犯罪者が被験者として送り込まれてくる(はせひろいち『ダブルフェイク』)、ダンテの神曲を下敷にした天使捕獲工場にまつわる神聖喜劇(長谷川裕久『堕天の媚薬』)、たがいに夢を見合うという構造の上で展開する漫才風な終末劇(天野天街『くだんの件』)、糧流(カテル)島という独裁国家の卓球リーグの立て引き(泊篤志『IRON』)、そして、戦場の最前線に立つ鉄塔に籠城したコミックバンドの命運(土田英生『その鉄塔に男たちはいるという』)――どれも秀抜な設定である。劇的空間を、いくらでも作り出せそうな、すぐれた情況ばかりである。 |
| 〈劇的連関〉が見たい 太田省吾 |
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私の中では、土田氏の『その鉄塔に男たちはいるという』と、泊氏の『IRON』が残りつづけていたが、最終的に永井氏の『兄帰る』の授賞に賛成した。永井氏の作に疑問がないわけではなかった。それについて記しておきたい。 |
| 遠い記憶 岡部耕大 |
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遠い昔、小学校四年二組で論争をした記憶がある。相手は論客八百屋の知恵ちゃんであった。なにを論争したかは忘れてしまったが、知恵ちゃんの舌鋒は鋭く、級友のすべてを味方にしてしまった。優勢であったはずのぼくは孤立していたのである。あれは悔しかった。今年の選考会は遠い記憶を呼び起こしてくれた。「荷担できない」「立ち位置の問題」といった言葉が飛び交い、激論が激論を生んだ。初めての体験であったといっていい。ぼくは土田英生さんの『その鉄塔に男たちはいるという』を推薦した。この人のなんでもない作風とその裏にある悪意の攻撃性と毒気は並々ならぬと感じたからである。戯曲が毒気と悪意を喪失して久しい。天野天街さんの『くだんの件』にも確信犯的な悪意と毒気はあった。しかし、夢に逃げる物語は損をするし、ある意味で微笑ましい古さが邪魔をしたのかもしれない。泊篤志さんの『IRON』は好きな作品である。 |
| 選考のあとで 佐藤信 |
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選考では、天野天街さん『くだんの件』、土田英生さん『その鉄塔に男たちはいるという』、永井愛さん『兄帰る』の三作品を中心に議論した。 |
| 真っ当なるものへの懐疑 竹内銃一郎 |
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私が一番に推した『その鉄塔に男たちはいるという』の設定は抜群だ。兵士の慰問のために日本から戦地へ送り込まれたコントグループが、戦争への加担を躊躇って戦線から逃げ込んだその先が、森の中に立つ鉄塔の半ばに組まれた櫓なのである。いかような読み込みも可能な、間口も奥行きもたっぷりとある、演劇ならではの物語の構え。となれば、繰り出されるエピソードは、些細であればあるほど効果的であり、すでに劇作の道に精通している作者は、そのように物語を運ぶ。剥き出しになった〈戦争〉にあくまで中腰でヘラヘラと立ち向かうという物語の結末も、感動的である。と書く一方で、罪もない一般市民が不条理な戦争の犠牲になるというのは、よくある良心的な反戦もののパターンではないのか、と意地悪なわたしが待ったをかけ、更に、この作品の後味のよさは、作者の登場人物たちに降り注ぐ眼差しの優しさのせいだが、しかし、彼らの無垢や善良さが信じられすぎてはいないか、本当に彼らに罪はないのか、と追いうちをかける。 |
| 『げ』でないもの 野田秀樹 |
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『兄帰る』が今年の候補作の中では一番良い作品だと思った。冒険はないのだけれども、巧いというのは、こういうものなんだろうなあと、自分にない資質なだけに余計感心して読んだ。新しい登場人物によって話が展開していくのが芝居というものだが、それを、いきなりの登場ではなくて、冷蔵庫の修理を間にはさんでいくつくりなど、ああ、よくできているなあと、唸った。然りげないけれども、書きなれている永井さんならではだと思った。 |
| 歯切れ 別役実 |
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私は今回、天野天街・作『くだんの件』を授賞作として推していたが、議論の過程で、最終的に、永井愛・作『兄帰る』を授賞作とすることに賛成した。他では、土田英生・作『その鉄塔に男たちはいるという』も、同様にして問題になったが、私は賛成しなかった。 |


