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『オケピ!』 三谷幸喜 |
| すばらしい作家的膂力 井上ひさし |
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『オケピ!』については、いくつかの不満がないわけではない。なによりも、〈あるミュージカルに音楽をつけるオーケストラ〉という基本構造が、うまく作動していないのではないか。この作品の観客は、もっぱらオーケストラ・ピットでの人間関係の揺れやずれを見ることになるが(これをAとする)、当然のことながら、「上」では、あるミュージカル作品が進行している(これをBとする)わけで、ここまではステキな着想であるけれども、肝心のBの様子があまりよくわからない。もちろん、Aの人間模様をきちんと描くために、Bを薄手にしなければならないという事情は理解できるものの、Bの、この程度の音楽量では、Bがミュージカルである必要はまったくなく、そうするとオケピ(A)もまた不要になる。簡単に云えば、AとBとの照応(これこそがこの着想の核心)について不備があって、その意味では、じつに脆い構造の上にできた作品と云えるだろう。 |
| 羊か狩人か 太田省吾 |
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観客をどう想定してその作品はつくられようとしているのか。観客はその想定では〈羊〉なのか〈狩人〉なのか、と考えてみる。 |
| 岸田國士戯曲賞の意味について 岡部耕大 |
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白熱した議論には至らなかった。選考委員のだれもが「絶対にこれを」といった姿勢がなかったからである。個人的には蟷螂襲氏の『舟歌。霧の中を行くための』を推薦した。海の彼方と岸壁に懐かしさを感じたからである。戯曲としての言葉の力もあった。構成力に難があったが好感が持てた。贔屓の土田英生氏の『錦鯉』は残念ながら推薦しなかった。暴力団の抗争や跡目相続、人間関係に不満があったからである。人間関係の不満といえばマキノノゾミ氏の『高き彼物』もそうであった。無免許の交通事故についての警察の取り調べの甘さ、過去に苦い経験をしている父親が同じ過ちを繰り返すかもしれない事態に、家族の対応はあまりにも寛大過ぎる。父親にも卑屈さがない。その父親にプロポーズされる女性にも確固たる自立性が感じられない。かつて、夏休みにパンツ一枚で父親と寝ていたという少年にも罪の意識は感じられない。敏感なはずである少年が迂闊な行動を取るはずがない。それやこれやで、ついに『高き彼物』の意味がわからなかった。 |
| 隣の芝生 佐藤信 |
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選考委員の言葉としてはいささか不謹慎かも知れないが、どうもぼくは三谷幸喜さんに嫉妬しているらしい。 |
| 異才に感服 竹内銃一郎 |
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受賞作となった三谷氏の『オケピ!』には、まず、他の候補作の二倍はあろうかと思われる、その分量に圧倒された。そして、物理的な重量感をあざ笑うかのような、その内容の軽さ。 |
| 陰のあたる場所 野田秀樹 |
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選考作品を読みながら私が取るメモを見ると、三谷氏の『オケピ!』は、「上手い」「巧い」のコトバで目白押しだ。 |
| アラベスクという手法 別役実 |
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私は今回、三谷幸喜作『オケピ!』を受賞作として推した。これは、或るミュージカルを上演中のオーケストラ・ピットという、特殊な空間を選びとり、そこでの人間模様とその推移を、上段で進行中のミュージカルにあわせて描いたものであるが、その手さばきの見事さに、ひとまず感心させられたと言っていいだろう。もちろん、人間模様の主題となっているのは、いわば他愛のない色恋沙汰と言っていいものであり、それ自体はことさら採りあげるほどのものではないにせよ、それらを縦糸にし、横糸にして織りあげた「アラベスク」が見るべきものになっているのであって、その意味ではむしろ、主題となっている色恋沙汰の他愛のなさが、「大人の感覚」と思えるのである。 |


