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『ワンマン・ショー』 倉持裕 |
| いくつかの信条と付則 井上ひさし |
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長く戯曲を書き続けている一人として、評者は以下の信条を信じている。 |
| 白ける力 岩松了 |
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人はどんな言葉を吐こうが、真実を語ることは出来ない。例えば、それらしいことを言う主人公、そのバカさ加減、ここに思いを至らしめるところに、演劇の、あるいはその主人公の救いはあると思うのだが、思いそこに至らず、自分の劇世界に酔い、「どうだ、いい台詞だろう」と自慢顔している劇作家の姿を想像することは、いかにもつらい。 |
| 迷路めいた世界展開 太田省吾 |
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この数年の間に目に触れた外国の戯曲は、なにかこれまでの戯曲の基本としてきた様式を崩すような動きを見せている。 |
| 小劇場の時代 岡部耕大 |
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戯曲は小劇場が主の時代のようである。マニアックな戯曲の時代ともいえる。わたしは大竹野正典氏の『夜、ナク、鳥』と本谷有希子氏の『石川県伍参市』を推した。 『夜、ナク、鳥』は、不気味ともいえる戯曲である。ただし、これが実際にあった事件を参考にした戯曲であることも事実である。構成がしっかりしていて人物像も巧みである。現代の人間関係はこれほどに緊張しなければならないのかもしれない。カレーライスを食うのが怖くなる。病院に入院するのも怖くなる。ただ、欠陥があるとするならば都合がよすぎる人間関係であったというべきかもしれない。人物名もカタカナは損である。しかし、相当な書き手である。次の作品が待たれる。小川未玲氏の『ちゃんとした道』は、微笑ましい作品である。ただ、街と駅と人間がしっくりいっていない。ちゃんとした郊外の駅を設定して構成すればよかったのかもしれない。これは短編として書くべき作品だと感じた。テロリストもいらない。五百円硬貨だけで成立させればよかった。小里清氏の『BRIDGE』は、つぎはぎをした屏風のような作品だと感じた。だが、紐ひとつで国境にする凄さには舌を巻いた。若き日のコント55号のネタである。 |
| いまどきのえんげき 竹内銃一郎 |
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志向している演劇(のスタイル)は、それぞれまったくといってよいほど異なっているのにもかかわらず、最終候補の7作が描く世界は驚くほど似通っている。まるで申し合わせたように、いずれの作品も、穴のあいた部屋、車椅子、人形、聾唖者、闖入者、トラウマ、崩壊した家族 ― 家庭、夢と現実の混淆、コミュニケーション不全、等々といった「解離の時代」を解明するのにふさわしい(?)キーワードの中から二つ三つを組み合わせ、現実感覚の喪失、生の希薄さ、空虚さを語るのだ。作者諸氏の誠実さを認めつつも、これでは、したり顔で〈現代社会の問題〉をとくとくと説く社会学者や評論家の思うツボではないかと、些かの苛立ちを覚えもしたのだった。などという厭味な前置きはさておき。 |
| 文学を書かない人 野田秀樹 |
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今年は、例年と比べて、質の高い作品が多かった。その中で、私は、小里清氏の『BRIDGE』と、倉持裕氏の『ワンマン・ショー』を、特に面白く読んだ。 |


