| ひとつの顔、ふたつの顔 岩松 了 |
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今回受賞作なしという結果になったけれど全体のレベルが低かったとは思わない。むしろにぎやかな作品群だったと言っていい。最終的には『さようなら僕の小さな名声』と『遭難、』が争うことになったが、この二作品もちがう顔をもつもので、それぞれに面白い。あつく観客をとりこもうとする本谷有希子氏の表情と冷ややかに観客と対峙しようとする前田司郎氏のそれは、演劇が宿命的にもつふたつの顔であると思われる。そのふたつはあたかも離反するかに見えるが、どこかで分かちがたく結びついていて、そこに演劇の力も宿っているのだろう。 |
| かなり高い水準だった 鴻上尚史 |
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本谷有希子『遭難、』、前田司郎『さようなら僕の小さな名声』、はせひろいち『歪みたがる隊列』の三作に絞り込んだ。 |
| 受賞作を出せなくて残念だ 坂手洋二 |
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最初に、はせひろいちさんの『歪みたがる隊列』を推した。文体が内容にマッチしていた。描かれている脳内パティオとは、劇団であり、舞台空間そのものの喩えである。作者は、この世に生み出されてしまった固有の精神たちの消滅を見届けるこのレクイエムを、「書かねばならない」と思った。しかしその創作衝動そのものを、表現としては抑制しすぎてしまったため、かえって饒舌体に見えてしまい、文字だけを追ったとき受け手に届きにくいという、残念な結果になった。 |
| 作品が作者に求めるもの 永井 愛 |
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最終候補作のそれぞれに、台詞や見せ方の巧さを感じた。だが、外観の整い方に対し、骨が欠落しているような構造のもろさも感じてしまい、ぜひにと推せる作品はなかった。迷った末、本谷さんと前田さんに投票し、最終的には前田さんに投票したが、「受賞作なし」の多数に同意した。 |
| 全体としては良かったが、熱弁をふるって推す作品に乏しかった 野田秀樹 |
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去年に続いて、前田司郎氏の作品が面白かった。自分を飲んでしまうウロボロスの蛇を、シンボルとした作品は、とにかく「とぼけている」。この「とぼけ」は、紛れもない才能である。ただ今年の作品は、終わらせ方に失敗している。なにもドラマチックにつくれとは言わない。ただ「面倒くさい」から終わらせるというのは、「とぼけ」とは違う。本当に惜しい。岸田賞を二つもらうという設定で作られたこの作品どおり、これからも他人の言葉に耳を貸すことなく、どんどん「とぼけた」作品を書いていただきたい。 |
| 現在的か反動的か、またはそこから遠く隔たること 宮沢章夫 |
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注目すべき作品として読んだのは、はせひろいち氏の『歪みたがる隊列』だった。というのも、ほかの候補作が大きくわけて二つの種類の傾向にあり、そのことでややもすると、予定調和な「いまの様態」に陥いる危惧を感じたからだ。それはこの時代、この国の演劇における支配的な潮流を示しており、ひとつの傾向は、前田司郎氏の『さようなら僕の小さな名声』、本谷有希子氏の『遭難、』、赤堀雅秋氏の『津田沼』に読むことのできる、ある「現在性」とも呼ぶべき劇作に漂う感触だ。 |


