19.ねる

 

 十五夜の月がでました。こんなきれいに、めずらしい。
 くちにしても、返事はない。空は本番に弱いのか、七夕や十五夜は、雲を見あげた覚えのほうが多い。ことしは、よいお月さんなのに、うんともすんともよこさない。もう見るべきほどのなさけは、みな見つとでもいうのかしら。
 はなすことなら、いくらでもある。どうでもいい、だいじなきょう。だれにでも話したいわけじゃあない。
 昼にふとんをはたいていたら、いちめん鰯雲だった。
 おいしそう。
 きれいというつもりで、声はそうなって、びっくりした。前夜、りっぱな鯵を食べていたというのに。青背の魚のおいしいころ。さんま、食べたいなあ。
 ひとりごとが増えて、空ばかり見て、はちみつが舐めたくなる。さびしいつまらないということ。
 晴天まかせにふとんばかり干していたのだって、やつあたりのようなものだった。かつぐ、えいやと左肩ひっかける。ぱんぱんたたく。ひっくりかえす。またひっぱたく。無抵抗なふとんと闘うなんて、東京にもドンキホーテはいる。ふとんは、たたいたり、ぶつかって、ひとり相撲の稽古をつけてくれた。
 夕方とりこむときは、みぎ肩にしょって。そのまますこし寝るのがうれしい。くるまれると、仲なおりした気になる。夕暮れの昼寝は、学生いらい。あのころは、寝て起きると、ごはんができていた。いまは、寝て起きて、米をとがないと。くちをあけてなけりゃならない。ざくざくあの音は、よく響く。
 ちーちゃんが実家から持ってきてくれた赤みそを、大さじでひとすくい、みりんとおさけをたらり、からしもすこし。牛乳の小鍋でとろ火にかける。ぷすぷすしてきたら、木のさじでかます。つやが出てとろりとなったら、柑橘をしぼる。きょうは、かぼすだった。
 お燗をつけるあいだ、おっかなびっくり焼きなすの皮をむき、皿に小鍋のみそをたらり、ごまもふる。
 正一合を湯のみについで、ああ、ゆっくりした。あまから味噌がからまったなすを、舌さきでかきまぜる。もっとおくの、べろと上あごでつぶす。
 彼岸花はもう散った。虫もさかんに鳴いているというのに、首のうしろのこわばりをさする。町に出ると、まだ冷房病になる。そんなに暑いなら、一年じゅうアロハシャツで働いてよろしいです。背広で汗をふいているみなさんに伝えたい。
 ひとくちで元気になれちゃって、おさけは偉大だな。それで、ひとくちずつ残っていたおかずをみんな大皿にのせて、机にはこぶ。ちんまり食べていると、窓からソースの匂い。つられて、そうめんはよして、お好み焼きにした。
 キャベツと紅しょうが、ちりめん、ねぎ。鰹ぶしはあるけど、青海苔はない。お好みにしてはさびしいけど、あとはソースが、なんとかしてくれはる。うすいピンクの殻を割れば、きいろい満月。フライパンのうえ、粉の月もまるく、おおきくふくらんでいく。

 鍋と皿、箸、フライパンも洗ってから焼く。牛乳の小鍋には、昆布をいれて水をはる。牛乳が苦手なので、本来の役目は週にいちどくらい。あとは、味噌汁、ひじきの煮もの、きんぴら、煮びたし。なんでも、飲みすけがむかいあってつつくのにちょうどいいかさで、牛乳の鍋ではなく、肴鍋と改名したほうがいい。
 実家に帰ると、鍋にしても、フライパンにしても、その大きさに腕が慣れない。冷蔵庫にいたっては、背丈を越えている。老夫婦のぶんなんだから、ちいさくしたら。いつものどから出そうでやめる。母の腕が覚えてなじんでいるひと鍋の単位は、いまも四人ぶんなのだから。
 このごろ、到来ものに芋とかぼちゃが続いていて、かぼちゃなら、朝はスープ、昼はかきあげ、夜は煮ものか焼きびたし。頭よりおおきなかぼちゃが、まだふたつもある。好物だから飽きずに食べる。そろそろ顔がきいろくなるかもしれない。戦争のころ、そういう子どもがいたと父がいった。
 ……おーてーらーのーおーしょうさんが、かーぼーちゃーのーたーねーをーまーきーまーしーた。
 これ、知ってる。
 知らん。
 酔っぱらいは、向いあい、手をとりあう。
せっせっせーの、よいよいよい。勝っても負けても、この儀式で、いっさいしきりなおしとなる。あなたの手のひらを打って、歌って。芽が出てふくらんで、花が咲いたら、じゃんけんぽん。
 勝っても負けても、いつまでもやっていたい。
 このあいだ見た映画では、ノルウェーの男の子たちが、もっと複雑な組み合わせでぱちんぱちんとやっていた。拳を打ちあわせたり、胸もとをぶつけあったり、ダンサー志望の子たちは、より複雑にして楽しんでいるみたいだった。
手をつないで輪にすると、不思議な磁力を感じる。ふたりではなく、かごめにかごめにしても、あぶくたった煮えたったのような大勢でも、まんなかにしゃがんで目をつぶれば、日常はずいぶん遠い。
 いまも、あれはなんだったんだろうと思うのは、中学のころだった。屋上にむかう階段の踊り場で、魔術をした。ないしょだからと呼ばれたのは、いちどきりだった。作法は忘れた。五人いた。教室から、椅子をひとつ運んで行った。ほこりっぽいセーラー服の、友だちの顔は、だれひとりわからない。
 ひとりがすわり、三人がかこむ。指導する魔術師は、両手をあわせ、ひと差し指でピストルを作れという。その指を四人で、座っている椅子の四隅にひっかけ、せーのと声をだし、持ちあげ、びくともしない。当然じゃん。
 そのあとなにをしたか、かんじんの魔術を忘れている。さいごに四人の手のひらを、すわっている子の頭上で触らないように重ねた。上下の手のひらの熱を感じたかと聞かれて、感じた。全員がいった。
 さっきの、もう一度やるよ。四人で腰をかがめる。
 ……せーの。
 椅子は、頭上高くもちあがり、乗っていた子が悲鳴をあげた。
 あれは、いったいどうなっていたのかな。気功のようなものかしら。制服の処女には、はかりしれない力があるものか。
ときどき思い出し、ひとに話すけれど、やったことのあるひとには会っていない。教室をぬけ出して、屋上で寝てばかりいたから夢かもしれない。
 おなじごろ、はじめてデートした男の子は、手をつないでくるのに半年もかかった。汗かいてた。
 アルプス一万尺、みかんの花が咲いている。せっせっせーの、よいよいよい。デート。みんなひとりではできない。みぎと左の指を組み、ちいさな輪をのぞいて、前かけした腹が、見えるばかり。つまらなくなって首をかしげたら、夜の金もくせいがしのびこんでいた。じぶんで歌って、夜のラジオ体操をした。

 ふとんのうえで、クリームをすりこむ。ふと目について、寝床にころがっていた熊の腕をつかんで、ぶらぶらゆすった。これは、熊のくせにもうと鳴く。ぱっちりした目を見たら、いい年してはずかしくなり、足もとに押しやった。
 手のひらをこすりあわせたら、足の裏もこする。五十回。左手でみぎを、みぎ手で左足を。訓練したら、手と足でせっせっせができるかもしれないな。これは、太極拳の先生に教わった。足裏のつぼが刺激されて、いつもならすぐよく眠れる。
 布団にもぐって、奥歯をゆるめる。顔、手、足、力をぬく。
 世界に、大の字ほどの自由はない。それなのに、洗いたてにくるまれた万全の寝床で、ごろんごろん、ひざをたてたり、うつぶせになる。足もとの熊を、両足の指でとらえてひき寄せる。ついに立ちあがり、ラジオをつけてみて、違うと消した。いつも二曲めで寝てしまうCDも、かけたとたん違った。おさけもお茶も伊藤さんのおいしいりんごジュースもいらない。
 部屋も台所もかたづいて、アイロンもぜんぶかけてしまった。小鍋の昆布は、明日を待っている。あみものも本も、きょうはやりすぎている。
 しかたなく、ふとんにもどり、ごろんごろんとすればするほど、眼が冴える。窓が明るい。眠れないのも、満月のせいかしら。
……背をむけるけど、いやなわけじゃないからね。
とろんと月を見ていたら、あっちをむいた。声はすぐ、かわいらしい、やさしい寝息になった。落ちないようにぎゅっとかたまって、寝返りもうたないようにしていたのに、すぐ寝た。次の日、からだが痛くなってうれしかった。
いまも見ているけど、きょうはぜんぶ、ふくらみすぎている。

(2015年9月 撮影:石井孝典)

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