天野健太郎「台湾文学の謎」

 台湾文学は謎に包まれている。日本へ翻訳、紹介されている作品が少ないのだから当たり前だが、それだけではない。そもそも台湾は観光(もっと言えばグルメ)というきらびやかなショーウインドーが人目を楽しませているにもかかわらず、そこから 中をそっと覗けば、歴史条件の過酷さ、政治情勢の急峻さ、言語状況の複雑さ、そしてそれに起因するアイデンティティのダイナミズムが混然となって、色も形もわからぬモザイクが、うっかりドアに手をかけたものに腰を引かせる。だが同時に、そん な乱反射のとらえどころのない美しさは、整然と仕組まれた風景に慣れた我々に、どこか立ち去りがたい気持ちにもさせる。ショーウインドーの前をたくさんの人が、冷やかしのまま通り過ぎる。どうやったら中に引き込み、お客さんになってもらえるのか?
 その店には入り口がひとつだけ――映画があった。一九七一年生まれの地方出身者なので、ホウ・シャオシェンのブームには間に合わなかったが、ツァイ・ミンリャ ンの『Hole』(九八年、シネマライズだ)を観て、台湾の生活空間を窺い知り、彼らの静かな叫びにシンパシーを感じた。大学は文学部を出たけど、国文国語だったから、台湾文学(そして古典も含めた中国語文学)は、翻訳も含め一冊も読んだことはなかった。
 スキルとして中国語を習得しようと、二〇〇〇年から台湾に語学留学した。台湾人はツァイ・ミンリャンの映画に出てくるような苦悶と沈黙の人ではなく、みんな明るく、実直で、おしゃべりだった。台北のリアルライフを少しずつ知り、地元の友人や街の人びととのごった煮のような言語生活に浸かっているころ、街の書店に行き、なんとなく背表紙を見て本を買い始め、わからないながら読んだ。まるで中高のころのように、どの作家が売れてるとか、文学史的評価がどうかとかはなにも知らないまま、ただその作品世界に惹かれていった。
 台湾文学は(小説もエッセイも)、ぎゅっと美しい中国語を持っていた。これは後で知ったことだが、戦後政治的抑圧の結果として、台湾人作家たちは文体や技巧をひたすら磨きあげた。ただその内側には、アイデンティティへの渇望が隠されていた。国際情勢が歴史を既定し、外来政権が言語を決定し、強権政治が文化を限定するなか生まれた物語に、心の奥底を打たれた。三〇年以上日本の小説ばかり読んできた自分がおもしろいのだから、日本人が普通に読んでもそりゃおもしろいだろう。きっと喜んでくれる人がいるはずだ。ちょっと翻訳してみよう。
 さて、帰国後。ささやかな市場調査をしたところ、どうやら台湾文学(小説)は日本で市場がないことが少しずつわかってきた(街の書店に全然売ってない)。売り込みたい台湾人小説家はいるのに、出版までこぎ着けるのは難しそうだ。そんな〇九年、政権交代の八年を経て、戦後長く語ることさえできなかった台湾の歴史を、新しい視点で描く作品が次々発表され、ジャンルは成熟していた。東アジア史という 共通する背景があり、さらにかつて五〇年間歴史を共有していたのだから、日本人読者にもきっと受け入れられやすいだろう。何冊か選んで読み進めると、相当におもしろい。そのなかに龍應台『台湾海峡一九四九』があった。戦争という巨大装置に踏み つけにされた人びとの傷みを描いた物語は、読んでいて「生きている」感じがした。時代も国も立場も違うたくさんの声をリミックスした同時代的センスは、平家物語のような美しい語りに変容して、日本に届いた。
 現在に続く、台湾文化の日本への紹介は、司馬遼太郎に始まる。一九九四年刊行の『街道をゆく 台湾紀行』は、政治(現実)と歴史(物語)と文学(情緒)を結びつけることで、蔣介石・蔣経国時代に見えなくなっていた、戦前からの日本と台湾の関係性を再認識させてくれた。あくまでも日本語世代台湾人を媒介とした限定的な入り口ではあったが、その流れは映画『KANO』など現在まで太く続いている。その後二〇〇〇年代となり、台湾の言葉ができ、現地で暮らす日本人による生活と文化の紹介が盛り上がりを見せる。こうした日本人の切り口による「○○な台湾」は、今もっとも華やかで、覗きこむ人が多い窓ではないか。
 続くべきフェーズは、台湾の声を直接、日本へ届けることだ(無論翻訳は経由しなければならないが)。切り口や解釈でなく、台湾人が見たこと、感じたこと、考えたことをそのまま伝えるため、小説を選んだ。新しい台湾文学は、政治とアイデンティティの暗闘ではなく、時間と記憶のやさしい綱引きのようだった。呉明益『歩道橋の魔術師』(一一年)は、すでに存在しない中華商場の薄暗さやホコリの匂い、猫の声 までありありと浮かびあがらせる。記憶に縛られて生きる彼らの個の物語が、自分の記憶と重なり、台湾の物語であることを忘れさえした。魔術師の手招きに誘われるように、台湾好きも海外文学好きも、裏口からすっと中へ入ってきてくれた。九つの 不思議な体験のあと、みんな、たくさんの色が混じったまばゆい光を背に、微笑みを浮かべ店から出て行く。「普通におもしろい」作品を見つけて、「普通の日本語」 に訳せば、ここに来る仲間はきっとまだ増えるだろう。謎は謎のまま、物語とつながり、輝く光のすじとなる。

◇あまの・けんたろう
台湾専門翻訳・通訳、聞文堂LLC代表。訳書に文中二作品のほか、陳柔縉『日本統治時代の台湾』、猫夫人『店主は、猫』、龍應台『父を見送る』など。

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