第1回 ファッションデザインの本場、パリヘ


撮影:Lucien Lung

はじめに
 2016年4月、僕はパリでファッションブランドを立ち上げた。
 日本人がパリでブランドを立ち上げる、または既に日本にあるブランドをパリに持ってくる。それ自体はめずらしいことではない。偉大な先人達が築いたもののおかげで、僕ら日本人は比較的パリのモード界には受け入れられやすい。すでに自身のブランドを立ち上げ、インターナショナルに活躍している友人や、伝統あるグランド・メゾンで活躍している友人もいる。
 そんな中、パリでやっと最初の一歩を踏み出した僕が、このタイミングでエッセイを書く機会を思いがけずいただき、幸せをかみしめている。自分にとってデザインをするとは何なのかを見直し、問い直していくことにつながればと思っている。

フランスに留学しようと決意
 さて、まずなぜ僕がフランスに来ようと思ったか、パリに住み続けてきた学生時代から現在に至るまで、何度となく投げかけられた疑問についてまず書こうと思う。
 その質問を投げかけてくる知人、友人も、僕がたいそうな決意と様々な葛藤を乗り越えた末の決断だろうと考えているようであり、またそのようなストーリーを密かに望んでいるふうにも見えた。
 しかしズバリ言ってしまうと、何となく来て、何となく気に入ってしまい今まで住んでいるという方が正確だと思う。
 大学4年生の秋、僕は進路に悩んでいた。商学部に通いながら、ろくに授業にも出ず、アパレルの販売員のアルバイトをして過ごしていた僕は、就職せずに日本の服飾学校に行こうと早くから決めていた。働きながら色々な洋服に直接触れ、アパレル業界を覗き見ることによって、自分でデザインをして洋服をつくってみたいという気持ちが強くなったのだ。
 ただ、同じように大学を出てから服飾の学校に入学した先輩や、販売員をやっていた時に出会った専門学校卒の同僚や上司から聞いた話などからは、日本のアパレル業界はあまりにも商業主義的で、パリコレで感じられる自由な雰囲気が希薄なのかもしれないと懸念した。
 誤解をまねくといけないが、実際は、まだ世間を知らない学生がわずかな経験からそう思っただけなのだろう。
 年齢のこともあった。現時点で考えると、1歳や2歳の違いはたいしたことではないだろうが、当時は重要なことに思えたのだ。大学を卒業した年齢の僕が、高校を卒業したてのグループの中で学ぶということに若干の抵抗があった。それは初めからわかっていたのだが、いざその時が近づいてくると憂鬱になってきた。
 つまり、同級生や同年輩の友人たちのほとんどが就職や進路を決め始めている時に、僕は一番先に進路を決めていたはずなのだが一回りして、しかも取り返しがつかない時期に悩みだしたのだ。
 その一方で、何かを始めるということは、こんなもんだろうとも思っていた。
しかしある時、友人から何気なく「それなら留学してみればいいじゃない」と言われ、そうかそういう手もあるなと気づかされた。そう思うと、もうそれしかないように思えた。留学先をフランスに決めたのも、ファッションだったらパリだろう、というくらいのものだったと記憶している。理解のある両親にも恵まれ、すんなりと留学が決まった。僕がフランスに行こうと決めた経緯などこんなものだ。ただ、この時の“なんとなく”がいくつか重なったのは幸運だったと今になると思えてくる。

トゥールーズでホームステイ
 最初からパリに住んだわけではなく、まずは語学を学ぶため、南仏のフランス第四都市、トゥールーズに2006年の終わりから10ヶ月ほど滞在した。パリは世界最大の観光地であり、英語を話す人も日本人の在留者も多い。パリは真剣に語学を学ぶにはふさわしくない環境だと気づいたからだ。
 トゥールーズでホームステイをして語学学校に通い始めた。そして時々パリに行って、ファッションの学校を探していた。
 トゥールーズでの生活は素晴らしかった。本題のファッション、パリとはあまり関係がないのでここでは詳しく書かないが、この時すでに将来的にフランスに住むのもいいかもしれないと思い始めた。今思い出しても本当に良い時間を過ごせた。ホームステイ先は、エアバスのエンジニアである夫とジャズミュージシャンである妻の夫婦の家だった。独立している彼らの息子の部屋を使わせてくれた。ホームステイといえども家族同様の待遇を受け、毎晩一緒にワインを楽しませてもらった。食事はシンプルだが、フランスらしい素材を活かした料理が多かった。
 マダムはウォッシュボードという洗濯板と同じ形態のリズム楽器の奏者で友人とバンドを組んでいる。時々コンサートにも招かれた。また、休日にはスペイン市民戦争で知られるピレネー山脈などに連れていってくれた。その時出会った友だちとは今でもつきあいは続いている。

ファッションの本場パリで学ぶ
 トゥールーズの語学学校を経て、2007年9月中旬にパリの学校Atelier Chardon Savardに無事入学することができた。入学する前に、僕はこの学校の卒業ショウ(ラン・ウエイ形式)をたまたま見ていた。日本でいくつか服飾学校のショウを見たことがあるが、この学校のショウはサーカス会場で開催され、これまで見たものと比べてユニークで自由な雰囲気にあふれ、実に印象的だったので、この学校そのものを気に入ってしまったのだ。
 ここからデザイナーとしてファッションに関わる季節が始まる。好きなアーティストをリサーチし、それをイメージしてオブジェをつくる。またそれをもとに、実際の洋服の素材や色をリサーチし、自分たちがつくったクリエーションを洋服に近づけていく。パターンとデザインの授業を軸にしてそれらの内容を最終的に一つにまとめるとコレクションになる。
 服飾の学校というものにどんなイメージを持つだろうか。ひたすらデッサンを描く、パターンの引き方を学ぶ。そして縫製。それもあながち間違っていないが、パリの学校では、それにプラスしてかなり多くのことを経験した。日本の学校に行ったことがないので比べようがないが、珍妙なことも多かったように思う。
 パリはあらゆるものが道に捨ててある。たとえば壊れた電化製品。解体してみると普段見ることのないパーツが沢山あり、それを使ってオブジェをつくったりした。また、鉛筆や筆以外の、普段書く道具ではないもの、たとえばワインのコルク、歯ブラシ、ビール瓶や靴などを使って絵日記のようなものをつけさせられたり、ワイシャツを一着解体して昆虫の縫いぐるみをつくったりもした。目につくものすべてを試していき、より面白いものにしていった(時には単に校長の思いつきもあったと思うが……)。
 また2週間に一回はルーブル、オルセー、ポンピドゥーセンター、オランジュリー、ピカソ美術館などパリの主要な美術館に行って作品を見学し、先生が作家の生い立ちや作品が作られた時期の世界情勢などを説明してくれる授業があった。先生の話はとても面白く、時には先生が話の途中で興奮しすぎて、柵を乗り越えてしまい学芸員に怒られることもあった。その姿は変人に見えなくもなかった。
 レギュラーの講師陣の他に時々プロのデザイナーやパタンナーが講義にくることもあった。基本的なデッサンやパターンの技術はもちろんだが、デザインとはどういうものか、デザイナーがどのようにインスピレーションを得てコレクションをつくっていくのかということなどを学ぶことができた。これは僕にとって大きな意味を持つことになった。
 人にはそれぞれの感覚があり、デザインの仕方や感じ方は異なると思うが、僕が学んだのは、デザインをするのに大切なことは、自分の中の引き出しの数を増やし、それをできる限り自分の感性に触れるすべての芸術といわれるもの(絵画、彫刻、建築、音楽etc)で満たしていくということだった。これらすべてはイマジネーションを直接与えてくれるとともに、自分の中に蓄積していくことで、クリエーションの源になる。そして、それが自分の引き出しから溢れ出て、混じりあい、自分の色にもなり、作品の誕生につながるのだ。
 良いデザインをするということは、できるだけ、多くのものを見て、聞き、感じ、それを自分の形でアウトプットしていくことではないだろうか。
 ファッションに限らないが、デザインをすることの最初の一歩は綺麗なもの、美しいものを知ることだと思う。料理でも一流の料理人になるためには一流の料理、味を知らなければなれない。良いデザインや美しいものが何なのかを知らなければ、良いデザインなどできるわけがない。
 もちろん、実際に良いデザインをして、それを実現させる(realiser)というのは、言葉で言うほど容易ではない。僕が学校で学んだのはそういうことだった。
 今考えると学校で学んだことや経験したことのすべてに意味があり、現在もデザインをする上で糧になっていると思う。視野を広げること、ひらめきを養うこと、芸術作品に多く触れることはデザインをする上では本当に大事だ。
 ただその当時は、全体像がわからないとてつもなく大きな絵の一部分を必死に描いているようなもので、卒業生がつくった作品などを見ながら、どれがどうつながればこんな作品を自分がつくれるようになるのだろうかと考えていた。

[執筆者プロフィール]
宮白羊(みや はくよう)
1983年 東京生まれ
ファションデザイナー
パリの服飾専門学校Atelier Chardon Savardを卒業後、創作活動を始める。
モスクワ、カサブランカのファッションウィークに参加
2016年自身のブランドMOUTON BLANC(ムートン・ブラン)をパリで立ち上げる。
公式ホームページ http://ashmiya.com/

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