第2回 パリでの目覚め


撮影:Lucien Lung

フランス語人格
 前回に続きパリの学校での経験をもう少し詳しく書きたいと思う。具体的にデザインができるようになり、洋服をつくり始めるまでの話だ。
 何かに目覚めるという経験をしたことは誰しもがあると思う。デザインができるようになること、大げさに言うと今までつくることができなかった何かを、つくれるようになることが、これに当たると思う。
 目覚めるといっても、急にある真理に気づくという類のものではなく、ゆっくりと水を注いでいたバケツから水が溢れ出して、初めて気づくといったような経験をした。
 語学などもいい例である。急に喋れるようになるわけではなく、毎日言葉に触れ、使うことで、気がつくとその言語で物事を考えるようになっていたり、逆に考える前にとっさに言葉が出るようになったりする。
 また面白いのは自分の中に別の人格ができているような感覚になることだ。
 フランス生活が長くなり、それが完全に日常化すると時々弊害が生じてくることがある。フランス語人格の自分が遠慮深く奥ゆかしい日本語人格の自分に侵食してくるのである。
 フランスのカフェ・文化などでもわかるように、フランス人というのはとにかくよく喋る。
 喋るために喋る、とはよく言ったもので、議論をするために、わざと反対の意見を述べたりする。ひとこと余計なことを加え、皮肉を言うことも大好きだ。フランスの風刺画などからもわかるように政治的、宗教的なタブーも少なく自由だから、議論も熱くなる。そこが魅力的で刺激的でもあるのだが、同じことを日本でやってしまったら大変なことになる。
 昨年はブランドを立ち上げるための資金繰りや、ビザの問題で日本に戻ることが多かったため、そのような失敗をし、冷や汗をかくことも少なからずあった。 かなり話がそれてしまったので、デザインの話に戻りたいが、これもフランス語人格の特性を示すものだと理解していただければありがたい。

初めてのスカートづくり
 どの服飾学生も同じだと思うのだが、パリの服飾学校 Atelier Chardon Savard に入学して、一年生の時に初めて授業でつくった洋服はスカートだった。まだデザインといえるようなものではなく、担当教員から、用意されている型紙を渡されて、指示されるままにつくったようなものだ。それでもできあがったときには今まで味わったことのないような喜びがあった。きっと今見るとひどいできなのだと思うが、チャックも裏地もちゃんとついているようなスカートを自分の手で生み出したことが魔法のように感じられた。
 僕が始めたブランドは、自分でデザインし、パターンを引き、縫うことを基本としている。(注:大きなブランドになればなるほどセクションごとに分かれており、デザイン、パターン、縫製はもちろんのこと、その中でもさらに細分化されている。)初めてスカートをつくったこのときに、既にものをつくることに魅了され、方向性が決まったと言ってもいい。スカートの素材は自分で生地屋に行って選んだ。初めて行くパリの生地屋に興奮して随分長いこと店にいたことを覚えている。生地屋が立ち並んでいる一角にその店はあった。日本に比べて布の配置や色彩が多様に思えた。
 これまでスカートを履いたことはないが、もちろんつくったこともなかった。ただ販売員をしていた経験や、何より美しい生地を見ると、この生地で洋服をつくったらどうなるのだろうという興味が沸きあがってきて、さまざまなスカートのイメージが浮かんできた。
 このときは全てのクラスの生徒が同じ形のスカートをつくったのだが、素材と色が違うとまったく別物に見えた。素材選びがデザインすることにおいてどれだけ大事かを学んだのである。
 僕の学年は日本人が僕以外にはいなかった。フランス人が八割強で、残りはその他のヨーロッパの国の人とアジア人だった。ファッションに限ったことではないが、インターネットが普及した時代を生きる同世代どうしでも、育った国や地域の影響が無意識のうちに作品にあらわれる。他の生徒の作品を見ると、見てきたものが随分違うんだなと感じた。

卒業コレクション
 さて服飾専門学校の一番大きなイベントといえばやはり、ショウだろう。僕の通っていた学校では、毎年全学年が参加する Cirque d’Hiver《冬のサーカス》という名のサーカス場でのショウと、最終学年のみが参加する、卒業コレクションがある。
 サーカス場の造りは円形劇場だが、ステージにも変容できる。収容人数は1600人ほど。ショウを皆でとり囲んで見学するので、いやがうえにも雰囲気は盛り上がる。
 学年全体のショウは、テーマを決めるために学校外でも話し合ったり、遅くまで残って作業をしたりと、大学や高校の学園祭に似ている。一方、卒業コレクションの場所は毎年違うが、パリコレなどでも使われるギャラリーや、劇場で行なわれることが多い。
 僕らの学年の卒業コレクションは GALERIE NIKKI DIANA MARQUARDT(ギャラリー・ニキ)で行なわれた。このギャラリーは Place des Vosges(ヴォージュ広場)というパリの一等地の一角に位置しており、ギャラリーとしてはもちろん、よくファッション・ウィークでショウを開催されることでも知られている。
 二つのショウの大きな違いは、学年全体が参加するショウはグループでテーマを決めて一つのコレクションをつくるのに対して、卒業コレクションは生徒一人一人が自分でテーマを決め、一人でコレクションをつくる点だ。グループでコレクションをつくる場合、一人1体(体=トータル・コーディネート)~2体つくり、3、4人のグループで発表する。卒業コレクションはひとりで5体から7体つくり、自分で音楽からモデルのタイプ、歩き方など全てを決めることができる。
 また同時にこれは卒業試験でもある。完全に公平を期すため、また卒業生に卒業後の進路においてより良い機会を与えるため、審査員は外部から有名なデザイナーを招くのが慣例である。僕らの学年は CASTELBAJAC(カステル・バジャック)、Maria Luisa(マリア・ルイーザ)などが名を連ねた。
 最終学年の三年生は、ほぼまるまる1年をこれに費やす。これで良い評価が得られれば、卒業後の道が開けるのでみんな必死である。
 もちろん僕も必死でやった。あんなに無茶をしたのは人生で初めてかもしれない。栄養ドリンクを飲みすぎ心拍数が早くなって倒れかけたり、徹夜でミシンを踏みながらウトウトしてしまい、指を縫いかけたり、今考えると逆に効率が悪かった気もするが、とにかく必死でやった。
 その中で冒頭に書いたような新たな“目覚め”を経験した。
 3年生になる頃には、洋服を自分でつくることが以前にもまして好きになっていたし、楽しんでいたので、縫ったり、パターンを引いたりする作業を多くこなすことはそんなに苦ではなくなっていた。
 つくってみたいもののアイデアもたくさんあった。ただ、なかなかテーマが決められずにいた。候補はいくつかあったのだが、コレクションを最高の形でつくり終えるところまでは明快なイメージとしてわき起こってこなかった。
 その当時僕は、一着の洋服に様々な素材や色を組み合わせてつくることに情熱をもっていた。カラフルな柄と柄がうまく組み合わさって、新しいスタイルになるのが楽しくて仕方がなかった。また新しいボリューム(プリーツ、ダーツ、ギャザーなどのテクニックを使い新しいフォルムやムーブメント)を探すことにも夢中だった。
 「まずつくってみる」というのが学校の方針だったので、とりあえず自分のアイデアをどんどん形にしていると、ある日、担当教員(デザイン、パターン、グラフィストなど、それぞれの分野の教員が教室に常駐していて、アドバイスしてくれたりわからないことを教えてくれる。もちろん最終的に決めるのは生徒自身である)が「君の作品は Ballet Russe(バレエ・リュス=ロシア・バレエ)みたいだな」と言われた。恥ずかしい話、名称だけは知っていたけれど、詳しいことはわからなかったので、さっそく調べてみると、確かに通じるものがあった。リサーチを進めていくとピカソやマチスなどが素晴らしい衣裳デザインや舞台装置をつくっており、これならと卒業コレクションのテーマを「Ballet Russe(バレエ・リュス)」に決めた。
 Ballet Russe を知るにつれ、今まで以上に様々な素材や色を使うことができ、より自由によりダイナミックにつくれたと思う。
 一方、ココ・シャネルがつくったようにシンプルながら洗練されたものもあり、インスピレーションを得るのに事欠かなかった。


ギャラリー・ニキで行なわれた卒業コレクションのショウ。(2010年6月)©Stephane Mosse

 その結果、無事に卒業コレクションを完成させ、卒業試験でもそれなりに良い評価が得られ、カサブランカのファッション・ウィークに参加させてもらった。またその時に審査員を務めていた International Herald Tribune(現International New York Times)の記者がコレクションを気に入ってくれて、ブランドを始めた今でも助けてもらったり、宣伝をしてくれたりしている。
 僕の母はロシア語通訳者なので幼い頃からロシアの人や文化に触れることが多かった。このテーマにたどりついたのはそのことに起因しているのかもしれないとぼんやり考えていたら、もっと直接的な原因を見つけた。卒業コレクションを終えてしばらく経つ頃、部屋の隅から Ballet Russe の日本語のパンフレットが見つかったのである。そう、フランスに来る前に Ballet Russe だと認識せずに、東京都庭園美術館で開催されたバレエ・リュス展(「舞台芸術の世界――ディアギレフのロシアバレエと舞台デザイン」)を見に行っていたのだ。それが、意識下でいろんな経験やテクニックと交差し、クリエイションとして新たに表出したのだろう。この時初めてデザインするということ、自分で洋服をデザインするとはどういうことか、より明確にわかった気がした。
 同時にこのパンフレットをもっと早く見つけていればテーマ探しにあんなに苦労しなかっただろうなとも思った。逆に、この展覧会のことをすっかり忘れていて、バレエ・リュスの芸術家たちの仕事を意識しなかったのがよかったのかもしれないが・・・・・・
 これからはより良いデザインをしていくために、労を惜しまず、なるべく多くのものを見ようと心から思い、そして頭の中と部屋はなるべく整理をしようと誓ったのである。

[執筆者プロフィール]
宮白羊(みや はくよう)
1983年 東京生まれ
ファションデザイナー
パリの服飾専門学校Atelier Chardon Savardを卒業後、創作活動を始める。
モスクワ、カサブランカのファッションウィークに参加
2016年自身のブランドMOUTON BLANC(ムートン・ブラン)をパリで立ち上げる。
公式ホームページ http://ashmiya.com/

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