『台湾生まれ 日本語育ち』日本エッセイスト・クラブ賞 温又柔さん受賞のことば


撮影:朝岡英輔

温又柔『台湾生まれ 日本語育ち』第64回日本エッセイスト・クラブ賞 受賞のことば

「「ママ語」で育ってよかった!」

 つい、先月のことです。
 羽田空港で出国手続きをするための列に並んでいたら、台湾語が耳に飛び込んできました。わたしの後ろに並ぶ三人連れのご婦人たちが、ぴいちくぱあちくお喋りの花を咲かせていました。
 ご婦人たちのお喋りをこっそりと聴いていると、その台湾語には中国語もまじっているのがすぐにわかりました。それだけでなく、なんと、日本語も聞こえてくるのです。
「やたらとひとが多いわねえ、今日って何の日なのよ? あ、土曜日か」
 という会話を交わすご婦人たちのことばを、ありのままに再現してみると、
「怎麼那麼多人、きゃあり、し、禮拜幾? アドヨウビか」。
 となります。
 ご婦人方の手元にそっと目をやると、再入国カードをはさんだ「中華民国」のパスポートを持っています。
 ああやっぱり、と思わず頬が緩みました。
 わたしと同じ。
 わたしの母と同じ。
 かのじょたちもまた、東京在住の台湾人なのです。

「あなたのところの息子さん、まだ学生だっけ。今は就職大変よねえ。甘くないわ」
「你兒子還在上學? チマぁ、ベ・ゼエ・工作、ボー簡單。アマクナイワ」

「うちの娘ね、ゴールデンウィークはまた友だちと韓国なのよ。台湾はどうよ、って言ってやったら、あたしにとって台湾は外国じゃないもん、ですって」
「我女兒,ゴールデンウィーク・和朋友們又去韓國. 我說台灣呢? イ・ディオ・ガ・ワ・ゴン、台灣ンーシー・がいこく!」

 東京在住の台湾のご婦人たち特有のお喋りにこっそりと耳をかたむけながらわたしは、きっと自分と同世代であるはずの、ご婦人方の息子さんや娘さんのことを考えます。

 日本語と思ったら台湾語。
 台湾語がきたら中国語。
 中国語のかたわらには台湾語、そしてまた日本語。

 これが、こういうコトバが、わたしたちの母のことばです。
 わたしたちの母は、こういうコトバを、喋っていました。喋っています。
 これが、こういうコトバこそが、台湾生まれ日本語育ちの、わたしの母語です。

 今回、わたしのこれまでのコトバの遍歴をひたすら書き綴った『台湾生まれ 日本語育ち』が第64回日本エッセイスト・クラブ賞を賜りましたことを、心から喜ばしく感じています。
 この本に収録されている文章は、白水社さんのウェブサイトを「舞台」に、2011年から連載してきたものです。
 はじめは、「失われた〝母国語〟を求めて」というタイトルで、書きすすめていました。
 いつまでたっても上達しない・できない中国語のことや、すっかり忘れたつもりでいる台湾語をめぐる記憶などについて書いているうちに、

 ・母国語とはそもそも何をもって定義されるのだろう?
 ・台湾人でありながら日本で育った私の場合、何語を母語と呼ぶべきなんだろう?

 という問いが芽生えてきました。
 わたしは、わたしにとって、ほとんど唯一の、自由自在に操れる日本語によって、そのことを考え続けました。
 そして、その過程で、自分には母語が三つあると気づきました。
 もっといえば、わたしの母語は三つのことばでできている、と確信しました。
 ウェブサイトでの連載が終わったときに、わたしは実感します。

 わたしは、何も、失ってなどいなかった。
 わたしのコトバは、はじめからずっと、ここにあった。

 そのことに思い至ったとき、自分自身のことばをめぐる遍歴を記したものとして一冊の本にまとめあげる段階で、新たに名づけなおしたくなりました。
 そこで連載開始時から本書の刊行を共に夢見ていてくださった担当編集者・杉本さんと話し合い、「失われた〝母国語〟を求めて」から『台湾生まれ 日本語育ち』へと改題したのです。
 きわめて個人的な内容を書き綴った一冊であるにもかかわらず、昨年末の発売以来、我がことのように、わたしのことばを歓迎してくださる方々がたくさんいらっしゃって、つくづく〝ホオミャア(幸福な、を意味する台湾語)〟本だなあと感じています。  今こそ、こう思わずにいられません。
 日本生まれであろうとなかろうと、日本で、日本語で、今、育ちつつあるすべてのひとたちが「わたしのことばは、わたし自身のものだ」と堂々と胸を張れるニッポンであってほしい。
 『台湾生まれ 日本語育ち』を手にとってくださった方々が、わたしのニホン語に触れることをきっかけに、日本語は思っていたよりもずっと豊かでふくよかなものなんだなあ、と気づいてくだされば、わたしにとってこんなに嬉しいことはないのです。

 最後に。
 かつてのわたしに、今、とっても教えてあげたい。
 ふつうのお母さんが欲しい、なんて言わないで。
 ふつうのお母さんなんてつまらない。
 今にみんなが、あなたのママを、ママ語をうらやましがるから!

 今日はこの会場に、ママ語でわたしを育ててくれた母と、母の「ママ語」を分かち合う唯一かつ最愛の仲間である妹が姪を連れて来てくれていて、とても嬉しいです。一歳八カ月になる姪がわたしたちと一緒に「ママ語」でお喋りする日はもうすぐそこです!
(了)

温又柔(おん・ゆうじゅう)
作家。1980年台湾・台北市生まれ。
3歳の時に家族と東京に引っ越し、台湾語混じりの中国語を話す両親のもとで育つ。
2006年法政大学大学院・国際文化専攻修士課程修了。
2009年「好去好来歌」ですばる文学賞佳作を受賞。11年『来福の家』(集英社)を刊行。
同年9月白水社のHPで「失われた〝母国語〟を求めて」の連載スタート。(15年5月まで)
2013年音楽家・小島ケイタニーラブと共に朗読と演奏によるコラボレーション活動<言葉と音の往復書簡>を開始。同年、ドキュメンタリー映画『異境の中の故郷――リービ英雄52年ぶりの台中再訪』(大川景子監督)に出演。
2015年12月、『台湾生まれ 日本語育ち』(白水社)を刊行。同書で第64回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。

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