第3回 危うい芸術の街、Belleville


撮影:Lucien Lung

初めてアトリエをオープン
 今年の6月16日に自分の Atelier-Showroom をパリの20区にある Belleville(ベルヴィル)という地区にオープンさせた。
 前回までの学生時代の話からは時間軸がかなり進んでしまうが、このような話は鮮度が高いうちに書いておいたほうがいいと思い至った。
 Atelier-Showroom という名称にはあまり馴染みがないかもしれないが、名前の通り、創作と展示を同時にする場所だ。特に仕切りなどは設けずにオープンなスペースになっている。この連載のタイトルの写真は Atelier-Showroom の写真である。
 Belleville という地区については、パリに住んでいなければほとんど耳にしないと思う。おそらく日本のガイドブックにも載っていないだろう。治安があまりよくないので、近づかないほうがいいという注意書きがあるかもしれないが・・・・・・。
 まず、フランス語で“美しい街”と名の付いたこの地区と僕との関わりについて語りたい。
 僕はパリで生活するようになった当初から Belleville に住んでいる。もちろん住むことになったのは偶然なのだが。
 初めて Belleville を訪れた時のことは今でもよく覚えている。フランス語以外の様々な言語が聞こえてきて、多彩な響きが溢れていた。
 メトロを降りるとすぐに中華街があり、中心部には中華系のレストランやスーパーが目立つ。またマグレブ系、アフリカ系のコミュニティ、それに Boulevard Belleville(ベルヴィル大通り)にシナゴークもある。メトロの Belleville 駅は10、11、19、20区にまたがっており、地理的にも人種的にも多文化な地域である。
 実は Belleville に引っ越してきた初日に強盗に遭いそうになった。そんなに奥まった通りではなかったが、誰かが横に来たと思ったら、その男がいきなりナイフで脅してきたのだ。その時は引っ越しを手伝いに来てくれた友人を地下鉄の駅に送った帰りだったので、財布も携帯電話も家に置いてきたと正直に言うと、何もせずに立ち去り、幸いにも事なきを得た。
 初日からそんな目に遭ったら嫌になりそうなものだが、まったくそんなことはなく、あっという間にこの地域を好きになってしまった。その頃は今に比べてフランス語を喋るのも覚束なく、この地域の文化や歴史もあまり知らなかった。それにもかかわらず、最初の段階でこのように惹かれてしまったのは、この界隈がもつ特有の、自由で少し危うい空気感に原因があったのだと思う。

アトリエ開放
 Belleville には昔から多くのアーティストが住んでいることで知られている。エディット・ピアフの出生の地で、今も彼女が歌っていた Bar や、72 rue de la Belleville(ベルヴィル通り72番地)には彼女がこの路上で産み落とされたという伝説を表した石碑がある(出生証明によると実際は病院で生まれているらしいが)。画家のルオーもこの街の生まれである。
 そういう土地柄のせいか、またはパリで1、2位を争う物価の安さが原因なのか、今でもアーティストのアトリエやギャラリーが多く、そして道にはグラフィックアートが溢れている。
 地区としてはかなり大きな規模の Les Ateliers d’Artistes de Belleville というアーティスト協会があり、この協会が毎年6月に「アトリエ開放」というイベントを開催し、100人以上のアーティストが参加する。「アトリエ開放」とは、この地域にアトリエをもつアーティストが制作場所をオープンにして、その現場を一般の人たちに見てもらい、作品の販売やワークショップも行なうというものだ。パリ市も協賛していて、パリはもちろんそれ以外の地方からも多くの人が訪れる。
 今年は僕もオープン前ではあったが初めてアトリエを解放する側として参加させてもらい、普段は触れ合う機会のない人たちと多く出会えた。
 ただ自分がデザインした服やその写真を展示しているだけでは物足りないと思い、急な思いつきではあったが、Tシャツにライブペインティングをして販売した。プレスマシーンで布を T-shirts に貼り付け、布用の特殊な絵の具で”Keep Belleville Weird”(ベルヴィルは狂ったままでいようというポートランドのスローガンをオマージュしたもの) ”Dessine-moi un mouton blanc”(羊の絵を描いて!という星の王子様の一説に blanc(白)を加えたもの)というメッセージを書いたものだ。
 なかなか好評だったので、今後も時々こういうことをしていこうと思う。やはり直接人と触れ合い、自分の作品への反応や評価を肌で感じる事は大事だなと改めて実感した。
 また、服飾以外のアーティスト達も多く訪ねてきてくれて、意見の交換などができた。それだけでもここにアトリエを構える価値がある。さらに様々なアーティストの作品に触れ、時にはコラボレーションもできれば、自分のクリエーションの可能性も広がり、大きな刺激にもなる。

 


アトリエ開放で行なったライブペインティング。(2016年6月)©Aiba Shingo

暗殺者という名のカフェ
 日本でも一人で飲み歩く習慣があった僕には、この街は最適な場所であった。Café や Bar(補足:ここでの Café は朝からやっていて夜は Bar になるというもの。Bar は夕方から開く。閉まる時間はどちらも同じ。)が多く点在し、多くの地元の人たちが集まるため、人と人との距離が近くなる。
 パリの人は生活の一部に Café がある。朝仕事に行く前にコーヒーを飲んで、仕事帰りにビールやワインを飲む。僕もそれに習い、通学路の途中に行きつけの Café を見つけて、毎日通っていた。”L’Assassin”(暗殺者)という名前の Café だ。同じ通りを50メートルほど行くと、”Cannibale”(人喰い人種)という Café があるので何だか物騒な通りである。
 今つきあっている友だちは、このカフェで出会った人が一番多い。ここに集まって来る人は多種多様だった。年齢も職業もバラバラで様々なことを学べた。
 僕がフランスで何とかやってこられたのは、このカフェで出会った人たちのおかげだと言っても、決して過言ではない。ある時はコレクションの写真を撮ってもらったり、またそのモデルをやってもらったりした(フランスではそれぞれの分野でフリーランスとして働いている人が多く、特に学校を卒業して、働き始めたばかりで仕事が安定しない時期は、カフェやレストランで働きながら収入を得ることが多い)。
 僕のホームページをつくってくれたのもこのカフェ働いていた人だ。そしてこの Atelier-Showroom を借りられたのも、ここの人の協力が大きい。
 僕が借りたのはパリ市の施設(パリでは都市開発やアーティストや職人その他個人事業主を支援する目的で、市が持っているアトリエや商業施設の物件を貸している)なので、家賃が安い分、希望者が多く、かなり倍率も高い。単純に抽選ではなく、ビジネスプランや経歴、商業施設が立つことによってその地区へどのような影響があるか、またその活動がどのようなかたちで地元に貢献するかなど、総合的に判断される。当然提出書類もかなりの量になる。
 一般的にフランスでの手続きは、フランス人でも嫌になるくらい書類が多い。外国人がフランスに住んで苦労することの一つだ。この街で知り合った友だちには、ただでさえ大変な書類の作成を一手に引き受けてもらっただけでなく、物件探しでも大きな力になってもらった。
 実はアトリエの物件をパリ市のホームページから見つけてきてくれたのもその友だちの一人である。もちろんその時点で僕は一候補者でしかなく、そこを借りられる保証はどこにもなかったわけだが、もう一つ幸運なことがあった。
 そのパリ市のホームページには物件のリストと同時に担当者の名前と連絡先が顔写真入りで載っていたのだが、それが知り合いだったのだ。一時期よく近所の友だちと食事していた中華レストランのオーナーで、いつの間にか店じまいしていたので、その後は何をしているのかまったくわからなかった。だが、インターネット時代のおかげで、Facebook で連絡をとることに成功した。もちろん、コネだけで決まるほど簡単ではないが、直接自分の活動や、プロジェクトを説明できたのは大きかった。先述した選考基準などもその友だちから耳にしたものだ。こうして無事に今の物件を借りることができたのである。
 ちなみに、カフェ”L’Assassin”(暗殺者)は、2014年にオーナーが権利を別の人に売ってしまった。まだ店自体は残っているが、そのタイミングで、以前から働いていた人たちも全員辞めてしまったので、僕もほとんど行かなくなっていた。ただ、このカフェで知りあった友だちが多く、地理的な問題や仕事の都合でなかなか会えない人とも、まるで同窓会のように、今でもたまに集う。ある期間に一つのCaféに通っていただけという縁も不思議なものだが、僕のフランス生活、いや、人生において大きな財産となっている。

[執筆者プロフィール]
宮白羊(みや はくよう)
1983年 東京生まれ
ファションデザイナー
パリの服飾専門学校Atelier Chardon Savardを卒業後、創作活動を始める。
モスクワ、カサブランカのファッションウィークに参加
2016年自身のブランドMOUTON BLANC(ムートン・ブラン)をパリで立ち上げる。
公式ホームページ http://ashmiya.com/

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