北村紗衣「今一番新しい劇作家、何でもありのウィリアム・シェイクスピア」

 皆さんはウィリアム・シェイクスピアに対してどのようなイメージをお持ちでしょうか。小田島雄志訳シェイクスピアを全部読んでいるというような方もいるかもしれません。一方で名前しか知らない、なんだか昔の人…程度の方もいると思います。今回はあまりシェイクスピアについてよく知らないという方、昔の作家というイメージをお持ちの方に、シェイクスピアがどんなに新しく、楽しく、今人気の劇作家なのかを少しお話ししたいと思います。
 どういうわけだか、世間ではシェイクスピアはお堅くて古くさいもの、シェイクスピアの研究者は伝統を大事にする保守的な連中…というイメージがあるようなのですが、それは大きな間違いです。まず、シェイクスピアをはじめとする英国ルネサンスの演劇はセックスや暴力や下品な冗談に溢れており、誰にでもおすすめできるようなものではありません。人体切断や残忍な殺戮が日常茶飯事、泥沼不倫や二股なども横行しており、爽やかな美男美女であるはずのキャラクターが平気で下ネタを言います。去年『ロミオとジュリエット』を授業で読んだところ、悲劇であるにもかかわらずおバカな下ネタばかりで学生がビックリしたということがありました。基本的にエロ、グロ、笑いに満ちた商業演劇なのです。
 また、シェイクスピア劇というとルネサンスの衣装を着た人たちが出てきて、重々しく…という想像をされる方もいるかと思いますが、これもかなり誤ったイメージです。ヤン・コットというポーランドの研究者が『シェイクスピアはわれらの同時代人』(白水社、一九六八)というとても影響力のある本を書いていますが、舞台関係の仕事をする人々は、シェイクスピアが描いた芝居はまさに自分たちの「同時代」の問題を扱っていると考え、現代的なセットや衣装を採用することもよくあります。例えば私は一年に平均二本『ハムレット』を舞台で見ますが、英語圏の演出ではジーンズやパーカーやスーツを着て出てきて、くだけた態度でお客さんを笑わせて心をつかみ、最後は激しい殺陣をこなして死の場面で涙を誘うような、親しみやすいハムレットのほうによくお目にかかります。去年の夏に大スター、ベネディクト・カンバーバッチを迎えてロンドンのバービカン劇場で上演された『ハムレット』は、チケットが一瞬で売り切れたほどの人気でしたが、ハムレットが周りの人間をからかう場面などではお客さんがずいぶん笑っていました。さらに『ハムレット』のデンマーク宮廷は諜報活動や陰謀が横行しているので、最近の演出では監視カメラなどを用いて息苦しい監視社会を表現し、芝居と現代との近さを示すことなどもよく行われています。
 日本の演出では、二〇一五年に世田谷パブリックシアターで上演された鵜山仁演出『トロイラスとクレシダ』がこうした現代的なアプローチをとっていました。劇中のトロイ戦争は現在も地球の至る所で起こっている無益な戦争に強く重ねられ、軍服を着た男たちがいかにもバカバカしいことで争う中、陣中で若く美しい女性として危険な立場に立たされたクレシダ(ソニンが演じています)が身を守るためギリギリの選択をする様子をリアルに描きます。シェイクスピアに限らず、時代の試練を生き延びた古典的な芝居には、過去のことを描いているようでいて実は現在に通じるところがあるものです。ハムレットやクレシダは私たちと同じような悩みを抱えた人物で、だからこそパーカーやワンピースで出てきても違和感はありません。
 舞台の外でも、シェイクスピアは常にクリエイターにインスピレーションを与え、新しい翻案を生む原動力になっています。例えばアメリカ映画の世界では、『じゃじゃ馬馴らし』をアメリカの高校を舞台に完全に現代化した翻案『恋のからさわぎ』が一九九九年に製作され、在りし日のヒース・レジャーがコミカルな演技を披露して評判になりました。これを皮切りに現代の学校などを舞台にしたシェイクスピアの翻案映画がいくつも作られています。二〇一三年にはロミオがゾンビ、ジュリエットが人間の『ウォーム・ボディーズ』というゾンビ版『ロミオとジュリエット』映画も製作されました。シェイクスピア研究者である私たちはこういうアレンジに慣れっこになっており、学園物やゾンビ程度の新演出では全く驚きませんが、シェイクスピア慣れしていない方々はけっこう驚かれます。劇的に改変された作品もあるので、ひょっとすると皆さんが気付かず見ていた映画やドラマの原作がシェイクスピアだったということもあるかもしれません。
 今年はシェイクスピアの没後四〇〇周年記念で、いろいろな新演出の舞台、映画、テレビドラマなどが計画され、話題作についてはチケットが飛ぶように売れています。四〇〇年前の作品であっても、良い新演出に出会うことができれば、シェイク スピアの物語を現在のものとして、登場人物を同時代の人間として身近に感じられるだろうと思います。あなたも劇場や映画館で、スーツのハムレットやミニスカートのジュリエットに会ってみませんか? ただし、エロやグロには少しだけ気をつけてください。

◇きたむら・さえ
一九八三年北海道生まれ。キングズ・カレッジ・ロンドン英文学科博士課程修了、PhD(English)。現在、武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師。専門はシェイクスピア、舞台芸術史。

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