岡崎武志「愛書狂」第38回

 

 昨年、話題になったのが、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』(一九八九年公開)で、主人公がタイムトラベルした二〇一五年に追いついたこと。そこに描かれた二〇数年後の未来世界は、空を自動車が飛び、スケートボードも宙を走る。同じ21世紀初頭に設定された『鉄腕アトム』も空に自動車!▼しかし、小学校に通うアトムが、教室で開くのは紙の教科書だ。六月二日の文部科学省の有識者会議では、二〇二〇年度から授業の一部で「デジタル教科書」の使用を認めた。当面は紙の教科書と併用するが、将来はデジタル専用も検討されているとか。現実は、『鉄腕アトム』を追い越す勢いだ▼デジタル端末を使えば、動画や音声の使用も可能になる。生まれた時からデジタル機器に囲まれた新世代には、受けがいいだろう。同時 に、紙の本を触ることなく、一生を終える人類が大量に出現する事態も想像される。それでいいのか?▼先日、鎌倉を訪れた際、老舗古書店K堂を覗いてみた。昔ながらのたたずまいで、古今東西の紙の本が棚を埋めつくしている。しばし棚と対話したのち、昭和10年刊の室生犀星『愛の詩集』(春陽堂文庫)を買った。82年後の今も、問題なく読める。これを散歩の友とした▼所収の短い詩「ある日」を駅前の喫茶店で読む。「私はほんとに雨がすきだ/雨はいつも私を机のそばにつれてゆき/喜ばしい落ちつきを與へ/本を手にとらせる」。そしたら、本当に雨が降ってきた。こんな情緒がデジタルテキストでありますか、ってえの!

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  • エクス・リブリス
  • ニューエクスプレス
  • ライ麦畑でつかまえて
  • キャッチャー・イン・ザ・ライ
  • 白水社創立百周年
  • 白水社2016売上トップ10