第2回 戸籍が奪う教育の公平性と民主的プロセス

 五月中旬、江蘇省と湖北省で受験生の親が教育の公平を求める大規模な抗議集会を行い、警官隊と衝突した。同様のデモは河南省、浙江省、河北省にも広がっている。
 親たちの怒りは、二〇一六年度の大学入試改革案にぶつけられた。教育部と国家発 展改革委員会が、高等教育機関が多い十二省に割り当てた合格枠十六万人分を、大学の少ない中西部十省に移すというのだ。実現すれば、江蘇省の合格者は三万八千人、湖北省は四万人減少する。北京市は一人も枠を譲らず、上海市は五千人だけだった。
 中国も日本の大学入試センター試験に相当する統一試験を行っているが、点数で一 律に合格ラインを決めず、北京大学合格枠は北京が四百、上海が二百というふうに、 地域別に合格人数を設定している。
 このような中央政府、地方政府、各大学間の交渉で合格枠を決める現行の入試制度は、教育の公平性を損ねていると批判されている。実際に、二〇一三‐二〇一五年の第一類大学(トップ約一四〇校)の平均合格率は北京市二四・四二%、上海市 二一・五二%に対し、四川省五・三七%、山西省七・〇九%と大きな差がある。しかし、北京、上海、広東、江蘇、浙江、遼寧など一部地域が独自の入試問題を導入していることもあり、入試制度の全国統一の改革は難しい。
 さらに、戸籍所在地でしか受験を許可しないというのも、中国特有の問題だ。農村から都市に来る出稼ぎ労働者は二億人以上に上るが、その多くが戸籍を都市に移せず、出稼ぎ労働者の子どもは長く都市に住んでいても、戸籍所在地の農村に戻って受験する。そのため、都市部の高校で机を並べた自分より成績の悪い都市戸籍の学友が一流大学に合格したのに、自分は三流大学にしか合格できないといった事例が、しばしば生じている。
 アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)は、世界中で行われている。中国政府も、貧しい地域や少数民族地区の学生の機会を拡大しようと、合格枠の調整を行ってきた。しかし、今回のデモが、比較的教育環境の良い江蘇省や湖北省で行われたのは、興味深い。米国では、白人の工場労働者らが高学歴エリートの政治主導に異議を唱え、移民排斥を訴える大統領候補のトランプを支持している。中国では、少数民族や農村出身の学生を優遇すれば、二番手の都市の学生の進学機会が奪われる。
 どの国も社会階層間の利害の調整に苦労しているが、中国の場合、それが民主的に行われていないことが問題を悪化させている。
 今回の入試改革案で江蘇省が他地域に譲る三万八千のうち、九千は四年制大学で、 残りの二万九千は専科大学(二年ないしは三年の専門教育課程)だ。これを見て私は、改革案はまやかしだと思った。合格枠を譲った十二省は専科に学生が集まらず苦労している。省外の学生に江蘇省の専科を受験してもらいたいのだから、改革案は省政府にとって痛くもかゆくもないのではないか。
 もちろん、江蘇省の親たちは、四年制大学の九千に自分の子どもの志望校が入っていることを心配する。江蘇省もそれなりの譲歩をしたと言える。だが、多くの親が子どもを入れたいのは四年制大学なのだ。移管する枠の大半が専科なら、中西部の受験生と親たちは騙されたも同然だ。
 中国が教育の公平性を確保するためには、戸籍によって受験の条件が異なるという入試システムを根底から変えなければならない。公平な競争を保証できない国の下に、人材は集まらない。優秀な頭脳は海外に流出し、「頑張って勉強すれば上に行ける」という言説に騙されていたことを知った人々は憤り、政府に刃を向けるだろう。

◇あこ・ともこ=東京大学准教授。専門は社会学、中国研究。著書に『貧者を喰らう国』、石井知章・緒方康編著『中国リベラリズムの政治空間』(共著)、川島真編著『シリーズ日本の安全保障5 チャイナリスク』(共著)など。

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