第2回 庭のつくりようは夏をもって旨とすべし

 「おや皆さん、ご自分で水をかぶられましたかな?」意地悪そうな笑みをうかべているのは、無類の庭好きで鳴らす、メディチ家の第二代大公フランチェスコ一世。一方で、豪華な衣装もすっかりずぶ濡れで、途方にくれて立ち尽くすのは、同家の庭を表敬訪問中の貴紳たち。一瞬の微妙な沈黙ののち、やがて誰かが噴き出したのをきっかけに、哄笑につつまれる一同。や、大公もお人が悪い。「さ、次はこちらへ。さらなる仕掛けがお待ちですぞ」。そう促す得意顔の大公に連れられて、人々は緑濃い庭の奥へと消えていった——。十六世紀ヨーロッパ随一の名苑と謳われた、今はなきプラトリーノ荘での一場面だ。
 地中海に面した南国イタリアの夏の暑さは、昔から名物である。けれども湿度が低いため、木陰に入れば意外と涼しい。今でこそ冷房に頼るのが一般的になったが、 かつてイタリアの庭園文化がその極点に達した初期近代、とりわけ郊外に閑雅な別荘を有する王侯貴紳たちは、一時の涼を求めて庭の緑陰へと足を運んだものであっ た。そう、数寄を凝らした当時の庭園こそは、夏の暑さをしのぐのに最適な、涼気に満ちた空間だったのである。
 イタリア式庭園は一般に、水源に恵まれた郊外の丘陵地の斜面を削り、テラスを重ねて整地をする。その高低差を巧みに利用して、園内の各所に大規模な噴水が作られた。この水こそは、庭の魂ともいえる。実際、園内をぬって流れる水は、その音色によって散策者の耳を心地よく刺激し、その冷たい飛沫によって、あたりの温度をぐっと下げる。透明なせせらぎが、突如白く泡立つ渦となり、あるいは微細な噴霧となって空中に人工の虹を描き出すさまは、最高のスペクタクルといってもよい。
 そうした水の造形美を追及した名園のひとつが、ローマの東三〇キロに位置するヴィッラ・デステ(世界遺産) である。メディチ家の大公と並ぶ庭狂いとして知られるイッポーリト・デステ枢機卿の別荘である。筆者もかつて真夏の午後に訪れ、無数の水条が連なる「百噴水の通り」を遊歩し、幻獣が大量の水を噴き上げる「ドラゴンの噴水」に感嘆しつつ、半袖では少々肌寒いほどの涼気を全身で味わったものである。
 けれども十六世紀イタリアの庭園の真髄ともいうべきは、水を用いたさまざまな遊戯仕掛けや自動機械人形の演舞であった。グロッタと呼ばれる薄暗い人工洞窟には、 精巧な水管が網とめぐり、複雑な動力機構を備えた各種の装置が、獲物を待ち構えている。何も知らない散策者は、見目麗しい大理石の女神像に誘われて、あるいはからくり人形たちの愉快な寸劇に魅せられて、ふらふらと歩みをすすめてゆく。と、床の小さなレバーを踏みつけるや否や、たちまち四方八方から水が襲いかかり、全身ずぶ濡れにされてしまう。たまらず洞窟から退散し、ほっとベンチに腰掛ければ、そこでもお尻を濡らされる。どこへ逃げても水、水、水。
 大公フランチェスコ一世は、貴紳たちを連れて自慢のお庭を案内し、何食わぬ顔で客人を水浸しにするのが趣味であったというからたちが悪い。もちろん、自分はレバーの位置を知悉しているから絶対安全なのだ。こうした仕掛けは、男女の色恋にも巧みに利用されたという。 貴族の青年が、お目当ての婦人と庭を連れ立って歩き、 知らないふりをして水浸しにする。さ、お召し物を乾かさないと、と手を引いてグロッタの中に消えてゆく。今 では錆びて動かなくなってしまった庭の機械装置たちは、そんな場面を繰り返し見てきたに違いない。

◇くわきの・こうじ=大阪大学准教授。専門は西洋建築史・庭園史・美術 史。著訳書に『叡智の建築家』、『ルネサンスの演出家ヴァザーリ』(共著)、 カナリー『古代ローマの肖像』、ペティグリー『印刷という革命』など。

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