渡辺靖「大統領選にみるアメリカ社会の底流」

 今回の米大統領選で特筆すべきはやはり「トランプ旋風」と「サンダース旋風」であろう。どちらも党の主流派から外れた「異端」候補。当初は泡沫扱いだったが、予想を裏切る躍進ぶりを見せた。
 両旋風に共通しているのは党に見捨てられた感覚を抱く人々の憤りである。
 一九六〇年代の公民権運動以来、マイノリティ重視の民主党に失望した白人労働者は共和党に流れ、一九八〇年の大統領選では「レーガン・デモクラット」の中核を成し、その後も、銃規制や人工妊娠中絶、同性婚などをめぐり共和党の保守的な立場を支持し続けた。その一方で、共和党の主流派は富裕層減税、自由貿易協定、最低賃金引き下げ、社会保障削減、移民受け入れ拡大など、白人労働者を逆撫でするような政策を推し進めた。
 かたや民主党も一九九〇年代のビル・クリントン政権による「中道路線」(右旋回)を契機に大企業やエリートの影響力が増していった。反戦平和や環境、人権、格差是正などを重視する党内左派の不満は鬱積し、中道派のヒラリー・クリントン氏を「民主党員の顔をした共和党員」と警戒した。
 ドナルド・トランプ氏は白人労働者層、バーニー・サンダース氏は若年層を支持基盤としながら、彼らの不満や不安をもとに経済ポピュリズムに訴えた。どちらも外交・安保政策は二の次で、グローバル化には批判的。両党の党大会で両氏の支持者が 「反TPP」のプラカードを掲げていたのが印象的だった。しばしば米国は新自由主義の権化のように語られるが、実は、米国も新自由主義のグローバルなうねりから自由ではない。国際競争力を維持しようとすれば、福祉国家的な発想よりも、市場の論理と力学に傾きがちだ。
 しかし、新自由主義は格差社会を助長し、先進国では中流層の瓦解が問題となっている。一般的に中流層の力が弱くなると社会全体としての余裕が無くなる。国内的には「他者」への寛容度が低下し排外主義的傾向が強くなり、対外的には国際関与に消極的になり孤立主義的な傾向が強くなるとされる。こうした傾向は米国のみならず、英国のEU離脱の顚末を見ても明らかである。サンダース氏にはトランプ氏のような排外主義的な言動は見られないが、対外関与には消極姿勢だった。
 「トランプ旋風」と「サンダース旋風」はグローバル化のうねりの中を生きる米国の葛藤を象徴する現象であり、それゆえに今後も影響を与え続けると思われる。
 考えてみれば、トランプ氏は言うに及ばず、「民主社会主義」や「政治革命」「巨大金融機関の解体」を掲げたサンダース氏の言動も十分に過激だった。先行き不透明な時代にあっては、バラク・オバマ大統領のような自制的な指導者よりも、多少荒っぽくても、旗幟を鮮明にした「強い指導者」の方が好まれるのかもしれない。ロシアやイスラエル、インド、フィリピンなどを想起するにつれ、その念を強くする。
 グローバル化に関連して、今回の米大統領選でもう一つ注目したいのは共和党の行方である。
 上述したように、グローバル化は「共和党」と「民主党」の境界線を一部、内破・再編しつつあるが、中長期的には共和党への圧力が大きい。世界有数の移民大国・米国では、二〇四三年までに白人が人口の五〇%を割り込むと予測されている。二〇一二年の大統領選での敗因を分析した共和党全国委員会の報告書は「マイノリティに歩み寄らなければ、今後の選挙で我々は敗北する」と警鐘を鳴らしていたが、今回、その教訓が生かされているとは言い難い。共和党の指名候補争いの候補者の多くは、同党支持者に占める割合が高い白人保守派へのアピールを優先し、移民への締め付けを強めるような政策に偏りがちだ。
 今後の米社会を牽引するミレニアル世代(二十一世紀に成人した二十代から三十代前半の若年層)は世界(海外)により開かれており、人種や民族、宗教、ジェンダーなどに関してもより寛容だ。彼らの約三割が「無宗教」と回答しているが、これは親の世代(ベビーブーマー世代)のほぼ倍。銃規制や人工妊娠中絶、同性婚にも前向きで、人権や環境などへの関心も高い。米社会はいわば「リベラル化」しつつあり、共和党は時代錯誤の保守政党になりかねない。
 加えて、新興国が台頭し、国際的な相互依存が深まる中、トランプ的な孤立主義やネオコン的な単独介入主義は理想的でも現実的でもなくなっている。「米国はもはや世界の警察官ではない」と宣言し、同盟国や関係国にコストとリスクの共有を求めるオバマ流の「国際協調主義」を共和党は「弱腰外交」と批判する。しかし、米国抜きで解決できる国際問題も、米国だけで解決できる国際問題も少ない今日、如何なる代替アプローチが可能なのか。少なくともそれを真剣に模索している共和党の外交・安保政策の専門家はトランプ氏を見限り、少なからぬ者が今回はクリントン氏支持を表明している。これもまたグローバル化のうねりに揺さぶられる共和党の窮状を象徴しているように見受けられる。
 四年に一度の大統領選は米社会の底流を探る貴重な機会だが、今回の選挙戦で痛感するのは、米社会はもはや米国一国だけを見ていたのでは理解し得ないという現実である。
◇わたなべ・やすし
一九六七年生まれ。慶応義塾大学SFC教授。専攻は文化人類学、文化政策論、アメリカ研究。著書に『アフター・アメリカ』(サントリー学芸賞受賞)、『沈まぬアメリカ』など。

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