第3回 労働運動を弾圧する社会主義国の矛盾

 九月初旬、労働紛争を扱う広東省某市民間組織のA代表を一年ぶりに訪ねた。「工友(ゴンヨウ)(労働者を愛着を込めてこう呼んでいる)も一緒」と聞いていたが、指定されたレストランに着くと、二つの丸テーブルがある個室で三十名もの工場労働者と激しく討論している最中で驚いた。私は、こうした場面をビデオでは見たことがあるが、現場では初めてだった。
 従業員四百名ほどの企業が、四つの工場を同じ市内の辺鄙な場所に移転させるのだという。工場の賃料などのコストを下げたいのだろう。住み慣れた場所を離れたくない労働者らは、二日間のストライキを決行した。明日にも再び労働局へ訴えに行くのだという。
 金型を作る熟練工は、「俺たちは技術があるから転職は容易さ。でも、雇い主の都合で辞めるので、当然、未払い分の住宅積立金や工場の移転で強いられた損失の補償を要求するんだ」と、鼻息が荒かった。住宅積立金は企業と個人がそれぞれ負担する。熟練工は、「転職先では住宅積立金はいらない」と言う。大都市での住宅購入は、彼らにとって夢のまた夢で、住宅積立金の自己負担分を給料から差し引かれるのは嫌だ。だが、離職する企業の未払い分は請求する。しっかりしている。
 熟練工たちの現在の月収は五千五百〜七千元で、広東省の最低賃金の三倍以上だが、彼らは今後「八千元は欲しい」と話した。二〇一五年に中山大学と労働者の電話相談などを行う映諾社区発展機構が一万五千人以上の残業代受給率を分析した結果、都市戸籍の従業員は一〇%、農村戸籍の従業員は四〇%だった。つまり、大半がホワイトカラーの都市戸籍保持者より、ブルーカラーの農村戸籍保持者の方が、権利意識が強いというわけだ。
 広東省は労働運動が活発な地域だが、昨年、労働者の団体交渉などを支援していたNGO代表や活動家が、一斉に関係当局に拘束された。中国政府は中国のNGOへの海外からの支援にも警戒を強めている。頻発するストライキやデモの鎮圧には、大人数の警察が動員されている。しかし、労働者たちが自らを組織できなければ、労働環境は一向に良くならないと、多くの労働紛争に関わってきた段毅弁護士は強調する。 雇用主と従業員のコミュニケーションを潤滑にし、互いに主張し合える健全な環境が、長い目で見て中国を良くするはずだ。労働者に圧力をかけても、すぐにまた抗議が起こる。この流れは止められないのだ。
 一方、二日後に訪れた湖南省の農村で出会った元炭鉱労働者たちは、塵肺病で苦しんでいた。炭鉱を運営する会社からは数千元の見舞金が支給されただけで、政府からの生活保護は一ヵ月たったの九十元(一元=約十五円)。自分と肝硬変の息子の入院費に十万元かかったという人は、六万元の借金を負っていた。
 戸籍制度は社会保障と結びついており、社会保障の条件の良い地域と悪い地域の差は大きい。仮に塵肺病患者が上海の戸籍を持っていれば、生活保護は月に八百八十元もらえ、医療費の多くも医療保険でカバーできる。
 たくましい広東省の労働者たちを見て中国の変化を感じたが、彼らとて農村戸籍であり、手厚い医療保険や年金が受けられるわけではない、という現実に引き戻された。
 中国では、戸籍は親から子に引き継がれる。つまり、国民がどの地域の、どの種類の社会保障を受けるかは、生まれながらにして決まっている。就職した企業などを通して戸籍を変えることはできるが、大都市への転入は高学歴のエリートでも難しい。国民の権利を平等に保障できない中国。労働者が主人公であるはずの社会主義国だが、労働運動を弾圧しなければならないという矛盾を抱えている。

◇あこ・ともこ=東京大学准教授。専門は社会学、中国研究。著書に『貧者を喰らう国』、石井知章・緒方康編著『中国リベラリズムの政治空間』(共著)、川島真編著『シリーズ日本の安全保障5 チャイナリスク』(共著)など。

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