黒田龍之助「外国語学習者、君の名は。」

 東京某所でトークショーをおこなった。聴衆が少なくて距離が近いせいか、会場の雰囲気は和やかで質疑応答も活発だった。初老の男性が質問をする。
 「わたしは外国語が好きで、語学書でしたら、そう、五十言語くらいは持っていますでしょうか」
 わたしの読者にはこのタイプが多い。
 「そうやって、いろんな外国語を楽しんでいるのですが、困るのは周囲の人間から、何やら真面目な勉強家と思われてしまうことです。こっちは完全に趣味のつもりなんですけど」
 これもよくある誤解である。
 「そこで、わたしのような外国語を楽しむ人間に対して、何か名前をつけていただきたいのですが」
 ……トークショーで質問を受けて絶句したのは、おそらくこれがはじめてだろう。
 成果や評価ばかりが重視される外国語。近年ではその傾向がさらに強まり、問題集を解いたり検定試験を受けたりすることが外国語学習であると勘違いされる。一方では純粋に楽しんでいる人もいる。そういう人はどうやって区別すればいいのか。
 ありがちなのが「語楽者」とか「楽語家」のような当て字を利用したものだろう。質問した男性にはこれもいいかもしれない。だがこの表現は年配の人間に限定される気がする。わたしの教え子は二十代が中心。彼らにはなんとなく相応しくない。
 「外国語アスリート」はどうか。熱心さは間違いなく伝わる。だが厳しい練習を経て大会で優勝を目指すような、競争もまた感じる。外国語学習者には競い合わないでほしい。
 「外国語ソムリエ」。カッコいいが、外国語は人に勧めるものではない。自分で楽しむのであれば、これも違う。
 やれやれ、わたしはネーミングのセンスに欠けるらしい。そういえば白水社から上梓した『寝るまえ5分の外国語』も、アントワーヌ・コンパニョン『寝るまえ5分のモンテーニュ』(同じく白水社)からちょっと拝借させていただいた。独力ではよい名前が浮かばない。
 こういうとき、教師は生徒に宿題を出す。外国語学習を楽しむ人を何と呼べばいいでしょうか。お勉強臭くない、軽やかな名前を考えてみましょう。ということで、皆さんお願いします。
 なんて書いてみたものの、まだ悩んでいる。本当は名前なんてないほうが、自由でよいのかな。
(くろだ・りゅうのすけ)

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