座談会「言語と文化の多様性を生きる」(3/3)

(左より)
立石博高(たていし ひろたか) 東京外国語大学学長
沼野恭子(ぬまの きょうこ) 東京外国語大学教授
橋本雄一(はしもと ゆういち) 東京外国語大学准教授
藤縄康弘(ふじなわ やすひろ) 東京外国語大学准教授
武田千香(たけだ ちか) 東京外国語大学教授、言語文化学部長

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■人間は変わる
立石 私が学生だった頃はスペイン内戦を描いたいい映画が何本もあって、中学生の時に『日曜日には鼠を殺せ』という映画が封切りされたんですね。
 マキと呼ばれるゲリラが、フランコ政権に抵抗する様を描く映画でした。フランス国境線を越えて戦っていたのが、だんだんと状況が苦しくなる。ゲリラ戦で活躍した戦士が南フランスのある街に潜伏しているのを知った政府側が彼をなんとか逮捕したいと考え、噓のニュースを流すんです。「故郷で母親が死にかけている」と。カトリックの国ですから、フランコに抵抗するゲリラであっても、母親の死には立ち会わないといけない。本人は殺されることが分かっていても帰るしかない。そして、そこで殺されてしまう——。そういう暗い映画なんですが、それを見てスペイン的なメンタリティ、歴史に関心を持ったんです。
 そういったもともとのスペインへの微かな関心に加え、外交官を目指していたので、希少性と汎用性を天秤にかけてスペイン語を専攻しました。学園紛争などがなければ外交官になっていたかもしれません。それがいくつかの事情が重なって、学問世界に足を踏み入れてしまったわけですね。
 ただ、スペインは今は大好きですよ。文化も料理も好きです。人間は変わるんですよ。だから表現が苦手とか人付き合いが苦手とかあまり言わないで教育のなかで学生も変わっていって欲しい。学ぶことの楽しみと言うと難しいですが、文化を好きになること、そこから自分が変わっていくことは間違いなく楽しいことです。
橋本 「楽しみ」というのは、一様ではありません。レコード盤だったり、文学の本もある。文化や社会問題への関心もあるでしょう。中国語についても、漢字や発音のギャップが面白いのか、何千年も続いた言葉の末端にあるという時間軸を面白がるのか、なんでもいいから自分が面白いと感じる部分を見つけようぜと教室でも言います。
 そして、長く付き合ってみると、楽しみも変わるし増えてくる。このことを大学4年間で本当に伝えることがどう可能かも大問題なんですが。
 この言葉とのつきあいが長くなっていることもあり、例えば自分ではやはり古典へ遡る興味が増していますね。李白が地上の麗水—自分の影—宇宙の月を歌う《月下独酌》を読んで、頭上の今夜の月が抱えてきた光と時間に思いを馳せるようになってきたり。人は変わるんですよね。

■熱く語れ!
立石 そのためにも、教育では教師が「熱く語る」ことが大切だと思うんです。私のスペインへの関心で言うと、高校時代の英語教師で五木寛之と同じ学年の早稲田露文科出身の先生がいて、『ゲルニカ』という同人誌を出していた。私は当時、情報もなかったのでピカソの「ゲルニカ」のことを知らなかった。その先生からスペイン内戦のことを聞き、揺さぶられました。大学に入っても熱く語る先輩がいて、影響を受けましたね。ある時、ゲバラの国連での演説がソノシートで出たんです。それを先輩に教えられた。
藤縄 赤いソノシート、懐かしい(笑)。
立石 『朝日ソノラマ』の1969年10月号でした。大学管理臨時措置法ができた年で、そのニュースが裏面、表面がゲバラの演説だった。演説を聞くとやはり内容が知りたくなるものです。「自分もこんなふうに話してみたい」というところから、スペイン語にのめり込んだんですね。
武田 自分の最初の動機を熱く語れるような先生や先輩がいると、楽しみを見つけるきっかけを与えられる。その環境を用意する役目は、この大学も担うべきものですし、広く日本の教育の現場にあるべき姿だと思います。今日はありがとうございました。
(了)

2016年10月6日
於:東京外国語大学 学長室
構成:伊藤達也
初出:『言葉から社会を考える』東京外国語大学言語文化学部 編

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