第5回 流行とオリジナリティー


撮影:Lucien Lung

コレクションのつくりかた
 まずブランドとしての近況を報告しておこうと思う。
 9月末のファッションウィーク中にMouton Blancとしては初めてのコレクションを自身のShowroomで発表した。やっとブランドとして本格始動したような感じだ。ファッションウィークとは、いわゆるパリコレクションやミラノコレクションのことで、世界各地で行なわれている。その期間中に様々なブランドがファッションショウや展示会を行なう。
 今回は20世紀前半のビンテージ要素を多く取り入れたコレクションになった。と言っても、最初から意図していたわけではなく、全体の三分の一くらいをつくり終えてから、改めて点検すると、そのように見えたので、そのままビンテージに寄せて、コレクションを完成させた。
 他のデザイナーの状況はわからないが、僕はコレクションをつくる前にテーマをはっきり決めたり、きっちりとリサーチをしたりしない。イマジネーションを得るために色々なものを見たり、聞いたりはするが、とりあえずいくつか自分のつくりたいものをつくってみる。それを客観的に眺めて、どういうテーマに近いかを考える。ぼんやりとテーマが見えてきたら、そのテーマについてリサーチする。これはどのブランドでもよくあることかもしれないが、時にはスタートした頃につくった服が、選んだテーマに添っていないと思えて、コレクションに入れないこともある。大きなブランドなら特に問題はないだろうが、Mouton Blancはデザイン、パターン作成、プロトタイプの縫製まで、僕がほぼ一人でやっているので、ピースの間引きは大きな打撃である。
 僕はどちらかというと効率が悪い方法でしかコレクションがつくれないようだ。きっと性格と性質ゆえの問題なのだろう。デザイン学校で習ったように、テーマのリサーチ→テーマ選び→素材、色、形のリサーチ→パターン作成、縫製→ファーストピースの完成、と計画的にできればいいのだが、まずテーマ選びがうまくいかない。また何とか無理やりテーマを決めても、自分で決めたテーマに縛られてしまい、思うように作れなくなる。結局面白いと思ったものから形にしていって、後からつじつまを合わせていく方法が自分には一番合っている気がする。これはコレクションづくりに限ったことではなく、僕の人生設計はいつもこんな感じなのだ……

流行のつくりかた
 さて、ご存知の方も多いかもしれないが、パリのファッションウィーク(*註1)はレディースが3月と9月、メンズとオートクチュールは1月と6月に開催される。1月と3月は秋冬のコレクション、6月と9月は春夏のコレクションになる。レディースは実際の季節と6ヶ月のずれがあり、メンズではそのずれが8~9ヶ月になる。
 また、レディースのファッションウィークの2週間前くらいに、Premieres Visions(プレミエル・ヴィション)という世界最大規模の生地や服飾素材の見本市がパリの郊外Ville Pintで開催される。パリ近郊ではこの会場が一番広く、一年を通してあらゆるイベントや見本市が行なわれている。家具の見本市で有名なMaisons et Objets(メゾン・エ・オブジェ)やヨーロッパ中の日本オタク達が集まるJapan Expoなどもこの会場で開催されている。
 その見本市にいたっては約1年、実際の時期とずれている。つまり今年2016年の9月に行なわれた見本市は、2017~18年秋冬のためのものなのだ。一人でやっていると段々自分がどの季節、どの年度のものを構想し、つくっているのか頭が混乱してくる。実際Premieres Visionsまでにすべてコレクションの制作が終わっていればよいのだが、大体がギリギリまで作業しているので、一番追い込みの時期に次の次のコレクションの構想をし、生地や素材を選び始めなければならない。
 Premieres Visionsではファッションに関するほぼすべてのものが揃っている。生地、服飾素材だけでなく、デザインやパターンを売るブース、プリント、テキスタイル、工場、プレスと本当に幅が広い。またここでは流行の傾向をまとめたものを売ったり、講義したりするブースがあるのが面白い。「流行」がどのようにつくられているのか、一般には知られていないのかもしれない。洋服が市場に流れていくまでの過程や時間を考えれば、字の通り、ただ流れるように行くというわけにはいかないだろう。生地や素材は1年前から準備しなければ間に合わない。「流行」がつくられる課程で、何となくどこかで誰かの手が入っているということは想像できるかもしれない。ただ秘密結社のようなものがあり、閉め切られた会議室で悪そうな人たちが「では来年はこれを流行らせましょう」と決めているわけではもちろんない。膨大な量のリサーチをし、あらゆる過去の傾向を研究することによって来年のトレンドレポートを発表し、それをもとに各々のブランドがコレクションをつくり、それが流行りをつくってゆくのである。
 実は、僕が服飾学生3年生の時、学校の勧めもあり、Bureau de Tendances(流行研究事務所)というところで1ヶ月間インターンをしていた。僕に任された具体的な役割は、おもに日本のファッションのリサーチだった。
 インターネットが発達し、リサーチのため世界中のファッションブログやストリートスナップを誰でもチェックできるようにはなった。しかし誰でもアクセスができるという事実は、消費者の目に入るものも多様になったということなのだ。リサーチが容易になった反面、情報量が膨大なので、消費者の動向や傾向を見出すのは煩雑で困難になってきた。
 最初僕はイマイチこの仕事の意味がわかっていなかった。学校でしていたような、デザインするためのリサーチと同じように、自分が良いと思ったものから集めてまとめた。しかし、デザイナーがイマジネーションを得るためのそのようなリサーチではなく、消費者の動向を掴むためのリサーチだと次第にわかってきた。何の動向かというと、シーズンごとのシルエットやサイズ感の変化やアイテムの組み合わせの変化などである。
 通常、「流行」は緩やかに変化していくものだが、何か急激な変化がある時は、必ず原因がある。具体的には人気ドラマで俳優が着用したり、スターやセレブが私服で着たりすると、皆がそれに倣ったりする。特に注目されるのは、ファッション業界にいる人、いわゆるファッショニスタの服装だ。ファッションショウの会場やレセプションパーティーでの写真をインターネット上で見つけられるので、その多くから流行が生み出されている。
 結局のところ、僕がインターンで任されていたリサーチは、流行し始めたものを見極めるようなものだった。現在進行形で流行しているものの数が多いのは当然なので、例えばまだ流行が始まっていなくても、各地で一定数見られるようなものや、ファッションに影響力のあるような人がその中に入っていたりすると、その写真をピックアップしてレポートにしてまとめるという作業を行なった。ここでインターンをした経験によって、流行の見方を掴めたことが大きかった。

流行とファストファッション
 ただ流行を追いかける側ではなく、つくる側に回った今、思いも変わってきた。そもそもファッションの語源は「流行」からきているので、ファッションデザイナーが流行をつくり、多くの人がそれを追いかけるというのはファッションの一つの目的でもあるだろう。しかし僕にとってファッションをする大きな意味は、仕事を始める前も今も変わってない。それは、人と違うものを着たい、つくりたい、自分のオリジナリティーを出したいという思いである。世界有数の芸術の街・パリで、自分のオリジナリティーをぶつけたいと思っている。当然だが、流行して、多くの人が着るようになった服からはオリジナリティーが消滅する。だからこそ常に新しいものを打ち出していかなければいけない。
 そう考えると、流行をつくっているというより、流行に追われているような気がしてくる。また、先進国を中心としたファストファッションの台頭により、安易な流行が繰り返される現実がある。使い古された風刺画のような表現だが、みんなが同じ服を着て街を歩いているという恐怖は、ファッション業界で働くようになった今の方がより強く迫って来る。みんなが安価で同じようなものを着て、それを当たり前のように短期間で消費するようになってしまったら、ファッションの文化や芸術としての一面は消えてしまうだろう。それどころか、流れの速さによって、デザインすることに疲弊し、ファッションの価値を下げることにもなりかねない。いや既に、そうなりつつある。
 これはファッション業界に限ったことではないが、安い洋服を作るために途上国の労働力を搾取しているという問題もある。
 自分で服を作っていると、シャツ一枚、ジャケット一枚にどれくらい手間と時間がかかるかがわかる。どんなに技術を熟練させても、効率を良くしても、またクオリティを幾ら下げても、ファストファッションで売っているような値段で洋服は作れない。
 ヨーロッパでは2013年にバングラデシュで起こったビル崩壊事故以降、ファストファッションのブランドへの不買運動や、途上国の縫製工場や綿農家の現状をインターネットを通じて訴えているFashion revolution(2ユーロのティシャツという社会実験を行なった2分程の動画があるので是非見てほしい。(https://www.unit9.com/project/fashion-revolution/)という団体もあるが、不況が長く続き、失業率も高い中、ファストファッションを完全に拒否できるかはまた別の問題だ。


「2ユーロのt-shirtは誰がつくったか」

 幸いなことに?僕のブランドは小規模なので、そのような搾取は行なわれていない。自分の身体は酷使しているが。ただその流れに対して、何をするべきなのかはわからない。また、一経営者としてはコストを抑えることの重要性も理解しているつもりである。
 また、流行について言えば、僕のブランドの規模や、やりたいクリエーションを考えた結果、流行を追うようなことはしてないが、独りよがりのデザインにならないように、やはりチェックはしている。また流行からあえて外れたものを作ろうとするにも、結局は流行を知っていなくてはならない。そういう意味でインターンをしたことはいい経験になった。
 これまでの経験を踏まえて、ただ一つ言えるのは、ファストファッションに代表されるようなファッションや流行は楽しくないにちがいない。
 ファッションとは楽しいものだし、人の個性を引き立たせ、着る人を幸せにするものだと信じたい。このような原点を忘れずに、少なくとも皆さんに喜んでもらえて、自分も楽しめるような、そんなモノづくりを、いつまでも続けていきたい。

 
(左)ファストファッション。Japan Bridge(Paris)にて撮影。 出典:Fashion Revolution
(右)1920年代のスタイルをモチーフにしたドレス。Mouton Blancとして初めてコレクションで発表した。©Antonio Funaro

(*註1)haute couture(オートクチュール)とはオートhaute「高級な」、couture「クチュール」「仕立て、縫製」を意味し、「高級仕立服」を指す。 ファッション業界で「オートクチュール(haute couture)」といえば、パリ・クチュール組合(La Chambre Syndicale de la Couture Parisienne、ラ・シャンブル・サンディカル・ド・ラ・クチュール・パリジェンヌ、通称サンディカ)加盟店で注文により縫製されるオーダーメイド一点物の高級服やその店のことをいう。 1950年代まではファッションウィーク(パリ・コレクション)とは、オートクチュール・コレクションのことであったが、パリでは1960年代からスタートしたプレタポルテ・コレクションが主流になり、現在ではプレタポルテ・コレクションとオートクチュール・コレクションの両方を指して「ファッションウィーク」という。

[執筆者プロフィール]
宮白羊(みや はくよう)
1983年 東京生まれ
ファションデザイナー
パリの服飾専門学校Atelier Chardon Savardを卒業後、創作活動を始める。
モスクワ、カサブランカのファッションウィークに参加
2016年自身のブランドMOUTON BLANC(ムートン・ブラン)をパリで立ち上げる。
公式ホームページ http://ashmiya.com/

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