第4回(最終回) 鳳姉さんの描くチャイナ・ドリーム

 連載の最終回。これまで、中国独特の戸籍制度が、いかに人々の教育を受ける権利を不平等にし、社会保障に格差をもたらしているかを述べてきた。では、中国で不利な状況にいる人は皆、泣き寝入りしているのかというと、そんなことはない。
 昨春から我が家にホームステイしている中国人留学生は、上三人が娘、末っ子が息子という、典型的な男児を重んじる農村家庭の長女だ。彼女は親戚に学費を出してもらい、大学受験を目指して日本語学校に通っている。日本の入試制度は受験生を出自によって差別することはない。中国人の家族の繋がりは強い。貧しくとも一族で助け合い、とにかく一人でも海外に送り出し、活路を見出そうとしているのだ。
 微博(ウェイボ。中国版ツイッター)で六九〇万以上のフォロワーを持ち、爆発的な知名度を誇る「鳳姉さん」(本名:羅玉鳳。一九八五年生まれ)も貧しい家庭出身で、元は農村の小学校教師だった。
 彼女は一四八センチと背が低く、唇が分厚くて色黒と、「醜い」外見だが、ネットユーザー曰く、「宇宙も無敵の超特大の自信」を持つ。「毒舌」かつ「下品」で、時には差別的な発言さえする。
 鳳姉さんはある日突然、教師を辞め、上海に出稼ぎに行く。そして地下鉄の駅で、大量の「結婚相手募集」のビラを撒いた。「身長一・七六メートル以上、清華大学か北京大学の大学院を修了、容姿端麗」
 鳳姉さんはさらに、二〇一〇年に突然渡米し、オバマ大統領にインタビューすると豪語。雑誌『People』には「中国で最も嫌われている現実派スター」と紹介された。  彼女は観光ビザで米国に入国しており、米国の永住権はまだ得ていないようだ。米国では一時期、ネイリストをしていたが、投資やネットビジネスも手がけていると言われている。そして、今年に入ってからは、人気のニュースサイト『鳳凰新聞』と契約を結び、コラムを書いている。プロの雑誌編集者である私の中国の友人曰く、「彼女は荒削りだけど、鋭くていいものを持っている」。
 『鳳凰新聞』は十月、鳳姉さんに米国大統領選についてインタビューした。放言で支持を集めるトランプに彼女は親近感を覚えていた。「狂っているトランプは、ペテン師のヒラリーよりまし」と容赦ない。
 「ヒラリーは主要メディアを買収しているが、人の心は金で買えない」。さらに、トランプの女性への差別発言は「品位や道徳に欠けるだけで罪を犯したわけではない」とまで彼女は言う。そして、「移民が増えて社会問題化し、朝から晩まで働きづめの自分は、収入の三割を税金で持っていかれ、偽物の貧者を養っている」と憤る。
 儲けているのか、儲けていないのかよくわからない鳳姉さんだが、新しく暮らし始めた米国社会において、差別も受けているだろう。それでも彼女は、移民排斥を唱えるトランプを支持する。そして、十分な根拠もなく、「敵」と「味方」を浅はかに判断する。
 インターネットは、政治・経済的資源に欠く者をあっという間に有名人にする。もちろん、評価されることも、貶められることもあるが。「汗水垂らして働いた者が勝つ」という単純かつわかりやすい、伝統的価値観はここにはない。ある意味、ネット空間は「騙し、騙される」世界だ。
 インターネットと鳳姉さんのような人物の存在に、戸籍制度で国民を差別し続けている中国政府は救われているのかもしれない、とふと思った。しかし、騙した相手には、騙し返されることもあるのではないか。大衆に迎合する政権も、時代の寵児も永遠には続かない。
 いつか鳳姉さんは、暴言や雑言で自分を売り込まなくても、夢を実現できる日が来るのだろうか。

◇あこ・ともこ=東京大学准教授。専門は社会学、中国研究。著書に『貧者を喰らう国』、石井知章・緒方康編著『中国リベラリズムの政治空間』(共著)、川島真編著『シリーズ日本の安全保障5 チャイナリスク』(共著)など。

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