第29回 「ヘレロ語」米田信子

リレーエッセイ「ことば紀行」
第29回 「ヘレロ語」米田信子


ヘレロ語
【主な使用地域】ナミビア、ボツワナ
【話者数】約23万人(ナミビア20万人、ボツワナ3万人)
【使用文字】ローマ字


ヘレロのオシカイヴァとドレス

牛のように優雅なヘレロの女性たち
 20年ほど前からナミビアで調査をしているヘレロ語は、ヒンバとヘレロという民族によって話されているが、どちらの民族も女性たちの装いが特徴的で、ナミビアのガイドブックを見ると必ず紹介されている。
 ヒンバの女性たちは、上半身は裸で、腰には皮でできたエプロンのような腰布を巻き、頭には皮の飾りをつけている。乾燥や虫から肌を守るために頭から足の先まで赤土と油脂の混ぜ物を塗っているので、全身が赤茶色一色である。ガイドブックでは「プリミティブ」あるいは「伝統的」と形容されることが多いヒンバの人たちのスタイルとは対照的に、ヘレロの女性たちの「伝統衣装」は、私たちが「伝統」という語から想像するものとはおおよそかけ離れた西洋風ドレスである。丈は地面まであり、胸のすぐ下からスカート部分が大きく広がっている。スカートの下には十二単さながらに何枚ものペチコートが重ねられている。ナミビアはナミブ砂漠とカラハリ砂漠に囲まれた乾燥地帯で、舗装されていない道は砂ぼこりだらけだが、ドレスの裾が汚れてしまうことなどお構いなしにスカートを引きずって歩く。このドレス、着るのも歩くのも、そして洗濯するのも重労働である。
 ヒンバ人とヘレロ人は外見や生活スタイルがこんなに異なっているが、どちらもヘレロ語を母語とする。発音や語彙に多少の違いはあるものの、いずれもヘレロ語であり、彼ら自身も同じ言語を話していると認識している。
 さて、ヘレロのドレスはかなり特徴的であるが、にも拘らずヘレロ語にはこのドレスを表す固有の単語はない。特別な名前がつけられているのは、ドレスを着るときに被る帽子のほうである。このドレスを着るときには必ず(たとえ家の中にいるときでも)、牛の角を模して横に突き出した帽子を被る。ヘレロ語でこの帽子はotjikaiva(オシカイヴァ)と呼ばれ、伝統衣装を身に付けることはokuzara otjikaiva「オシカイヴァを運ぶ」と表現される。
 牧畜民であるヘレロ人にとって牛は大切なものであり、このドレスを着て牛のようにゆったりと歩くのが優雅であるとされている。今日も女性たちは膨らんだスカートの裾をゆっさゆっさと大きくゆすりながらゆったり「オシカイヴァを運んでいる」のだろう。コンサルタントのお母さんが私のためにオシカイヴァとドレスのセットを作ってくれたが、日本ではまだ一度も着る機会がない。 (大阪大学教授)

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