樋口広芳「鳥のいる景色」


ウメの花蜜を吸うメジロ。撮影:樋口広芳

 日本には、またもちろん世界にも、すばらしい自然がある。緑が映える森林や草原があり、青く輝く湖沼やサンゴ礁が広がっている。私たちは、そうした景色の中にいると心身が癒される。しかし、そうした美しい景色が広がる中に、鳥が一羽でもいると自然の風景はさらにきわだつ。数百、数千にもなる鳥の群れがいれば、景色はまさに一変する。
 思い返して、あるいは思い描いてほしい。緑が映える森林に、瑠璃色に輝く鳥が梢にとまってさえずる、黄色と黒に彩られたおしゃれな小鳥が木々の間を飛びかう、といった光景だ。それまでの静かな美しさに、動きのある生命(いのち)が吹き込まれ、景色が生きいきしたものに変わるのだ。
 自然をきわだたせる「鳥のいる景色」。私たちはそれを見て感動する。
 また、鳥の世界は四季折々に大きく変化する。同じ場所でも、季節ごとに鳥のいる景色が変わるのだ。春には南からやってくる美しい小鳥たちが、冬には北の大地から訪れるカモ類やハクチョウ類などが、多様な鳥のいる景色をつくり出す。私たちは、季節ごとのそうした景色を見て楽しむことができる。
 季節をめぐる鳥景色を描いてみよう。

春から夏
 2月、野辺に梅の花が咲く。古い枝から細くて新しい枝がつん、つんと伸びてくる。そこに白い花が咲き、緑色の小鳥が訪れる。目のまわりが白く縁どられたメジロだ。細長いくちばしを花に差し入れ、蜜を吸う。2羽、3羽、4羽と次々に訪れる。チー、チーという声で鳴き交わす。早春の代表的な鳥景色だ。
 この頃、あるいは季節が少し進むと、野山にウグイスのさえずりが響きわたる。ホーホケキョ、ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、ケキョ。ウグイスの姿は、やぶの中にあってなかなか見られない。だが、だれもが知るこのさえずりは、早春のみごとな音風景をつくり出している。
 梅に鶯(ウグイス)、という言葉がある。だが、梅の花にやってくるウグイス色の鳥はメジロ。実際はウメにメジロだ、と多くの人は言う。しかし、ウメにウグイスというのは、ウメの花にやってくるウグイスの情景を表した言葉ではない。ウメの花が咲く早春の野山でウグイスがさえずる、そのなんとも言えぬとり合わせのよさから、よく似合って調和する二つのものをたとえた言葉なのだ。
 ウグイスのさえずりがさかんになるころ、東南アジア方面からツバメがやってくる。田んぼの上をすいすいと飛びまわる。いよいよ春の訪れ。木々が芽を吹き、景色全体が茶や灰色から淡い緑へと変わる。
 南からの鳥の訪れは、4月から5月にピークを迎える。新緑に輝く森に、頭頂がコバルトブルーに輝くオオルリ、黒い羽衣に喉と腰の黄色がきわだつキビタキ、紫色の体にその何倍もの長い尾をつけるサンコウチョウなどが飛びかう。高原の木々の梢では、カッコウがのどかな声を響かせる。一年で自然がもっとも活気づく季節だ。
 初夏から夏は、鳥たちの子育ての季節。森や林の中では、小鳥たちも、サシバやオオタカなどのタカ類も、巣の中のひなにせっせと食物を運ぶ。食欲旺盛なひなたちのために、小鳥は昆虫の幼虫、サシバはカエルやヘビなど、オオタカは小鳥やハト類などをもってくる。

秋から冬
 夏の終わりから秋のはじめにかけては、干潟がシギやチドリでにぎわう。北極圏のツンドラなどで子育てを終えた鳥たちが、南半球への渡りの途中に日本などの干潟を訪れるのだ。その数、一つの干潟で何百、何千にもなる。鳥たちはくちばしを砂泥の中に差し入れ、ゴカイや貝などをとって食べる。くちばしは種ごとに異なり、長くてまっすぐなものから、大きく湾曲するもの、反り上がっているものなどいろいろだ。それぞれの特徴を生かしつつ、異なる質や深さのところから違ったものをつまみとる。
 シギ類などは、哀愁のこもった声で鳴く。アオアシシギの声はキョーキョーキョーと、チュウシャクシギの声はポイ、ピピピピと聞こえる。さびしげな夏の終わりの干潟に、独特の音風景をかもし出す。
 9月から10月は、タカ類の渡りの季節。サシバやハチクマが、尾根や岬を次々に越えて南下する。時おり、上昇気流を見つけては、蚊柱ならぬ「鷹柱」をつくって空高く舞い上がり、目的地方向へと飛んでいく。比較的大型の小鳥、ヒヨドリも、数十、数百の群れになり、岬の先端から海上へと飛び立つ。それを待ちかまえ、襲いかかる一羽のハヤブサ。両者の命をかけた攻防戦が見られることも珍しくない。
 秋から冬にかけては、湖沼が水鳥でにぎわう。いろいろなカモ類、白くて大きなハクチョウ類などが、シベリアや中国方面から何百、何千と訪れる。渡来当初は褐色の地味だったカモ類が、年が明けるころには目のさめるような美しい鳥に衣替えする。美しくなるのは雄だが、雄は雌のまわりで自分の美しさをきわだたせる奇妙な求愛行動を見せる。冬の水辺がひときわきわだつ瞬間だ。ハクチョウ類は雌雄のつがいのきずなが深い。互いに翼を広げ、大きな声を出しながら優雅な求愛行動を展開する。
 こうして、鳥たちの一年はめぐっていく。鳥景色を目にする私たちの心もめぐり、次の季節が訪れるのを心待ちにする。鳥景色をながめる楽しみが尽きることはない。
(東京大学名誉教授)

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