岡崎武志「愛書狂」第41回

 

『沈黙―サイレンス』は、マーティン・スコセッシ監督が遠藤周作原作を映画化。映像の厚みとテーマの深化追求に衝撃を受け、久しぶりに原作を読む。新潮文庫版は増刷され、累計二〇〇万部に達したという▼以後、古本屋でも『沈黙』をチェックしてみたが、さっぱり見ない。聞くと、入荷してもすぐ売れるという。旧定価三二〇円を三〇〇円と強気の値付けでも捌ける。たしかに現定価の半額だ。元本の函入り単行本も、古書価急騰中▼一九二三年生まれの遠藤は、灘中(現・灘高)から慶應大学へ。そこだけ見るとエリートだ。しかし自伝『落第坊主の履歴書』を読むと、落第、受験失敗の連続で「すべて試験という試験に落ちてきた男」だという。「ぐうたら」「狐狸庵」という道化は、この劣等感を隠すための着ぐるみだった▼カトリック司祭の棄教をテーマにした『沈黙』では、恐怖から何度も踏絵を足にし「転ぶ」(棄教)、キチジローという農民が出てくる。この弱き、みじめな男こそ『沈黙』の主人公で、何度転んでも神に許しを乞い、起ちあがる。劣等生・遠藤周作がそこに重なる▼昭和三十年「白い人」で芥川賞を受賞。選考当日、遠藤は池袋の行きつけの飲み屋へ入った。すると、店のおばさんが言う。「さっき、ラジオで何だか、あんたの名前を言っていたよ」。芥川賞は当時、世間に知られていなかった。外へ飛び出した遠藤は、家に電話をかけ受賞を知る。転んでも起ちあがり続けた男への、神のごほうびだった。 (野)

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