第1回 世界最大の地方選挙に見るカーストとインド社会


▲BSPの選挙集会で、党のイメージソングに会わせて踊る支持者の女性ら。ほとんどがダリットだ

 「世界最大の民主主義」と自他共に認めるインド。急速な経済成長が続き、日本は新幹線の輸出や日印原子力協定の締結を決めるなど連携の強化を急ぐ。インドは一方で、カーストが深く根を張っている社会であり、政治にも大きな影響を与えている。安倍晋三首相が「民主主義など価値観を共有するパートナー」と呼ぶインドで、カーストと政治の実態はどうなっているのか。現場を歩いた。
 インド北部ウッタルプラデシュ(UP)州は大河ガンジスや聖地バラナシ、タージマハルのあるアグラなどを抱え、「最もインドらしい州」と評される。ここで二〜三月、州議会選挙が行われた。有権者は約一億四千万人。世界最大規模の地方選挙だ。投票は地域ごとに日を変え計七回に分けて行われる。
 首都ニューデリーから北西約五十キロにある人口約六千人の村モヒディンプルを訪れた。両側を民家に挟まれた細い路地を三百メートルほど進むと、何人かの男性が座って談笑していた。「ダリット」と呼ばれる被差別カーストの人々が暮らす地区だった。二〇一一年国勢調査では、UP州では人口の約一五パーセントがダリットだった。
 支持政党を尋ねると、全員が大衆社会党(BSP)と声をそろえた。ダリット解放活動家が一九八四年に結成した政党で、貧困対策や差別の撤廃などを訴える。UP州で人口の二割を占めるダリットやその他の貧困層の支持を集め、一九九五年から断続的に州の政権を獲得した。
 談笑の輪にいたハレンドラ・シンさん(48)が、「あれをごらん」と後ろにある地域のコミュニティセンターを指さした。BSPが州政権を握っていた九〇年代後半に建てられたという。屋根にBSPの旗が。「BSPのおかげで、われわれは胸を張ってダリットと言えるようになった」
 ダリットの多くは以前、国民会議派に投票していた。バラモンから被差別カーストまでを含む伝統的な包括政党だが、七〇年代から徐々に影響力が低下。八〇年代から九〇年代にかけて各地で新政党が結成されるようになった。BSPもその一つだ。
 シンさんらに礼を言って二百メートルほど歩くと、五人の女性が納屋の前で語らっていた。五人は農民カーストの「ジャート」だった。支持政党はインド人民党(BJP)だという。「モディは国を変えてくれる」。モディ氏率いるBJPは二〇一四年下院選でヒンドゥーナショナリズムと経済開発優先の姿勢を打ち出して過半数を獲得。UP州議会でも州政権の掌握を狙う。
 この村で、UP州の政権を握る社会主義者党(SP)の支持者に出会うことはできなかった。SPは「ヤーダブ」と呼ばれる酪農カーストに属するアキレシュ・ヤーダブ州首相が率いる党だ。州人口の一割を占めるヤーダブに加え、BJPのヒンドゥー色やBSPのダリット色を嫌うイスラーム教徒(州人口の二割)を糾合。前回の選挙で州政権を得た。
 この村にはヤーダブとイスラーム教徒がほとんどいない。だから、SP支持者が見当たらないのだ。
 地方部では、今もカーストや宗派が政党選びの重要な指標となっている。一方、新たな動きもある。BJPがヒンドゥー教徒の間でカーストを超えた支持を集め始めているのだ。下院選に次いで、UP州議会選でも過半数を得た。SPとBSPの対立やUP州の経済発展の遅れに反発した有権者の票を集めたようである。
 インドの都市人口比率は三三パーセント。経済成長に伴い今後、急速な都市化が進むことが予想される。「票田」の変化に伴い、世界最大の民主主義の姿も変わっていくことは間違いないだろう。

◇かんどう・よしひろ=ジャーナリスト。一九七〇年、広島市生まれ。九四年、朝日新聞社に入社。中東特派員、ニューデリー支局長などを務め、「アラブの春」やシリア内戦、二〇一四年インド下院選などを取材。一六年に独立。

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