第31回 「タガログ語」長屋尚典

リレーエッセイ「ことば紀行」
第31回 「タガログ語」長屋尚典


タガログ語
【主な使用地域】フィリピン共和国および世界のフィリピン人コミュニティー
【話者数】約1億人
【使用文字】ローマ字


フィリピン大学の看板
タガログ語はローマ字読みするだけで発音できる

日本語に聞こえるタガログ語
 タガログ語は、フィリピン共和国の首都マニラおよびその近辺で話される言語だ。公用語としてはフィリピノ語とも呼ばれ、フィリピン全土で話される。文法は比較的難しく、文は動詞から始まるし、接辞やら重複やらが複雑に入り組んで語を形成する。たとえば、Kumain ngmangga ang babae は「女がマンゴーを食べた」という意味だが、前から1 語ずつ訳すと「食べた」「を」「マンゴー」「が」「女」で日本語の逆の語順になるし、pa-pag-kainanは語基kain「食べる」に接頭辞pag-、接尾辞-an、接中辞 がついて、さらにpag- の最初の子音p と母音a が繰り返されている。意味は「食べる場所」ぐらいの意味だ。
 そんなタガログ語だが、発音は日本人にとって簡単だ。母音は日本語と同じ5 つで、l とr の区別こそあれ、子音も日本語とほぼ同じ。ローマ字をそのまま読むだけでよい。東京外国語大学の授業でも、文法は週5 回の授業で1 年半以上勉強するが、音声については1 回で終わる。
 このように日本語と音声が似ているタガログ語だから、日本語に聞こえる単語がいっぱいある。たとえば、私の教えるフィリピン語専攻のクラスに「しょうた」くんという学生がいるが、shota とは英語の short time に由来するタガログ語で「(一時的な)恋人」という意味だ。有名なところでは、彩子という名前はフィリピン人には ayoko「私は嫌だ」という意味に聞こえる。同様に、馬場さんはフィリピン人ならbaba「あご」に聞こえるし、中村さんはnaka-mura「安く手に入れた」さん、永澤さんはnag-asawa「結婚した」さん、中川さんはnaka-gawa「成し遂げた/できた」さん、渚さんはna-gisa「炒められた」さんという具合だ。この私の名前だってna-gaya「マネをすることができた」である。
 日本語に聞こえる文もいくつも存在する。「馬鹿・河馬」というとbaka「牛」ka「あなた」ba「か(疑問)」だから「あなたは牛ですか」という意味になる。タガログ語のbakaは馬でも鹿でもなく牛だ。
 こういう偶然は楽しいものだが、タガログ語と日本語の音声が似ているゆえの悲劇もある。「たえこ」という名前はよくあるが、タガログ語で tae ko といえば「私の排泄物」という意味になってしまう。全国の「たえこ」さんにはフィリピン人の前で自分の名前を口にしないことをおすすめする。
(東京外国語大学講師)

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