第2回 高額紙幣廃止と開発独裁




2月4日、ウッタルプラデシュ州議会選のため演説に立ち、支持者らに手を振るモディ氏

 ニューデリーに住む主婦スシラ・フィリップさん(64)は昨年十一月八日夜、モディ首相のテレビ演説に驚いた。
 「腐敗やブラックマネーを根絶するため、今夜午前零時をもって現行の一〇〇〇ルピー(約一六〇〇円)札と五〇〇ルピー札を無効とする。市民は十日から銀行で旧札を新札に交換するように」
 インドでは、現金取引による脱税や不正蓄財が長年の宿痾だった。国内総生産の四五パーセントが徴税網を逃れているとも指摘され、富裕層や反社会勢力、さらに政治家の一部もその恩恵にあずかってきた。ブラックマネーを一気にあぶり出して徴税能力を高める劇薬が、流通紙幣総額の八六パーセントを占める高額紙幣を突如、無効にするというサプライズだったのだ。
 スシラさんは十日、銀行に向かった。長蛇の列に半日並び続け、なんとか二〇〇〇ルピーを手に入れた。街には混乱が広がり、市民から不満の声が噴出した。
 それから数カ月。政策への理解が浸透し、評価は変わった。ニューデリーのINA市場で食品を買ったスシラさんは言った。「最初は大変だったけど、もう落ち着いた。表に出せないお金が紙くずになった金持ちは困っただろうが、庶民には良い政策だと思う」。
 国民会議派など野党は高額紙幣廃止に「強引すぎる」「混乱を招く」と攻勢を強めた。だが今年二月に開票された国内五州の地方選では、「反汚職」「経済開発」を旗印とする与党・インド人民党(BJP)が四州で政権を握った。サプライズを仕掛けたモディが勝ったのだ。
 モディは中央政府の首相になる前、グジャラート州首相として州経済を例年一〇パーセント近く成長させた。その政治手法を知る人々が口をそろえるのは、開発を最大の目標とし、そのために情報を自分に集中させてすべての決断を自ら行う、という点だ。
 二〇〇八年、西ベンガル州でタタ自動車が農民の反対運動により工場建設に行き詰まった際、モディが一週間ほどで用地をまとめてグジャラートへの誘致に成功した即断ぶりは、今も語り草となっている。
 二〇一四年に中央政府の首相に就任してから、モディは閣僚にメディアとの独自接触を禁じた。自ら記者会見を開いて質問に答えることはほとんどない。一方で三〇〇〇万人を超えるフォロワーを持つツイッターなど、上からの情報発信には熱心だ。中央省庁の幹部らは「政策が突然、上から降ってくる」と語る。これを野党は「強権支配」、さらには「独裁」とまで呼ぶ。
 モディは、たたき上げの組織人だ。
 貧しい家に生まれ、青年期にヒンドゥー民族主義団体「民族義勇団(RSS)」の専従となって組織運営の手腕を積み重ねた。やがてRSSを支持母体とするBJPの幹部となり、選挙対策などに力を示した。二〇〇一年にグジャラート州首相に指名されたのはBJPの内部力学の結果であり、それまでは選挙に出たことのない「裏方」だったのだ。単身生活を続け、腐敗の噂も聞かない。
 関係者の利害を調整して清濁併せ呑むというインドに多い手法ではなく、組織を上から摑み動かすその手腕には、この経験が生きていると考えていいだろう。
 モディの豪腕による経済発展と生活の向上に期待してBJPに投票した、と有権者は口々に語る。看板政策の経済開発と行政効率化が機能する限り、支持は続くだろう。
 モディは世界最大の民主主義国家インドに現れた、初の開発独裁型リーダーなのかもしれない。

◇かんどう・よしひろ=ジャーナリスト。1970年、広島市生まれ。94年、朝日新聞社に入社。中東特派員、ニューデリー支局長などを務め、「アラブの春」やシリア内戦、2014年インド下院選などを取材。16年に独立。

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