第7回 ホメロスの庭:神々の住まいと人間の苑


▲ヤン・ブリューゲル(大)画《オデュッセウスとカリュプソ》、1616 年。
(図版出典:Wikimedia Commons)

 抜けるような深い蒼空と、茫洋たる紺碧のエーゲ海。海岸にそそり立つ丘陵の頂には、白亜の大理石神殿がまぶしく輝き、その周囲を石造住居が幾重にも取り巻いている。空と海と石——我々が思い描く典型的な古代ギリシア都市のイメージは、あくまで乾燥と幾何学の世界だ。鬱蒼と緑が生い茂る庭園の姿は、ここにはちょっとそぐわない。では当時の作庭事情はどのようなものであったのだろうか?
 民主主義が発達した古代ギリシアの黄金期には、園芸術はさほど発達しなかったといわれる。平等を謳う社会にあって、個人の突出した経済的成功や極度の美学的な洗練が好まれない世情もあった。けれども西欧社会の礎を築いたこの文明は、造園文化においても、たしかに古典となるモデルを生み出していたのだ。彼らのそんな「緑の」想像力を生き生きと今に伝えてくれるのは、むしろ文学の世界、とりわけ詩聖ホメロスの叙事詩である。
 剣戟の音と土煙にまみれた軍記物語『イリアス』はさておくとして、英雄オデュッセウスの遠大な漂流譚『オデュッセイア』を紐解くならば、そこには強靭旺盛な自然の姿と作庭の妙が滔々とうたわれている場面にしばし出会う。なかでも古来読者の想像力を捕らえてやまなかったのが、美しき仙女カリュプソの住まう神秘の洞窟である。
 トロイア戦争終結後、英雄たちが次々と帰国するなか、オデュッセウスのみは神の怒りに触れ、ひとり大海を彷徨うはめになった。その彼が大海原に浮かぶ孤島に流れ着き、美しき神仙カリュプソのもとに引き止められ鬱勃たる日々を送る場面から、物語は始まる。その住まいである洞窟は「神々でさえ飽かずに眺め楽しむ」と形容されるほどの、豊穣と美の楽園であった。香木の芳香に包まれたその洞窟の周囲には、多種多彩な潅木が生い茂り、色とりどりの鳴禽類が甘い囀りを奏でている。幽雅な風色につつまれた洞の入り口には、たわわに実をつけた葡萄の樹がアーチをつくり、その傍らを清冽な遣水がころころと音を立てて流れてゆく。常春の楽園のイメージが投影された、まさに悦楽の園(ロクス・アモエヌス)だ。
 豊穣な自然と美神に愛されてなに不自由なく暮らすオデュッセウスは、人もうらやむ身分に見えるが、当の本人はここから出たくて煩悶する。ギリシア軍随一の智将と讃えられた彼には、この自足した世界、何の変化もなく、人と自然が完全に融合してしまった温和な暮らしが耐えられなかったのだろう。知と刺激を求め、英雄は旅立つ決意をする。
 故郷をめざす彼が続いて訪れたのが、パイエケス人たちの暮らす豊沃の地スケリエ島である。その国の美しき王女ナウシカアに導かれ、王宮を訪ねると、そこには数寄を凝らした精妙な美苑が広がっていた。一年を通じて甘美芳香の果実が絶えることのない林苑、豊かな収穫をほこる葡萄園、そして各種の芳草や野菜を栽培する規矩整然たる耕作地。清流によって灌漑されたその佳趣に満ちた情景は、確かに英雄の目をうばった。しかしまたしてもオデュッセウスは、王女の求愛をも振り切って故郷へと旅立ってゆく。
 『オデュッセイア』に描かれた野趣溢れる自然の洞窟と、人工の粋を極めた庭園は、当時のギリシア人の自然観と作庭の理想を雄弁に物語っている。そこには後の時代に造園術として発展してゆく観念の種子がたしかに含まれていた。実際、ホメロスの作品は中世庭園のモデルとなり、またカリュプソの洞窟はルネサンス時代の庭園グロッタ(人工洞窟)ブームに多大な影響を与えることになる。

◇くわきの・こうじ=大阪大学准教授。専門は西洋建築史・庭園史・美術史。著訳書に『叡智の建築家』、『ルネサンスの演出家ヴァザーリ』(共著)、カナリー『古代ローマの肖像』、ペティグリー『印刷という革命』など。

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