第32回 「イディッシュ語」鴨志田聡子

リレーエッセイ「ことば紀行」
第32回 「イディッシュ語」鴨志田聡子

イディッシュ語

【主な使用地域】アメリカ、イスラエル
【話者数】150 万人(Ethnologue 2017)とも言われているが、不明
【使用文字】ヘブライ文字


エルサレムの街角の超正統派ユダヤ人たち。子連れの男性の姿もよく見られる。
(2016年6月筆者撮影)

記憶を受け継ぐ言語、イディッシュ語
 ユダヤ人は世界各地に住んでおり、言語にも多様性があります。イディッシュ語は、東ヨーロッパ出身のユダヤ人の言語です。「イディッシュ」は「ユダヤの(ジューイッシュ)」という意味です。ヘブライ文字で右から左に書くため、一見ヘブライ語に見えます。文法や語彙はドイツ語に似ており「ユダヤ・ドイツ語」などと呼ばれることもありましたが、スラヴ語やヘブライ語からの借用語も多く、独特です。現在、イディッシュ語話者の多数派は、超正統派ユダヤ人です。厳格に教義を実践する一派で、男性は真っ黒なスーツに身を包み、ヒゲともみあげを伸ばして帽子をかぶり、女性は長いスカートを履き、カツラやスカーフなどをかぶっています。彼らはニューヨークやエルサレムなどに集まって住んでおり、イディッシュ語を日常のことばとして話しています。
 超正統派以外にも、イディッシュ語を話せるユダヤ人がいます。ホロコーストを生き延びた世代の人々や、この言語を家族の言語として学習した人々です。彼らと超正統派とはあまり交流がありません。私はイディッシュ語をリトアニア、ニューヨーク、イスラエルの講座で彼らと一緒に学びました。受講生、特に中高年のユダヤ人にはイディッシュ語を「話したり、読んだり、書いたりはできないけれど、きけば分かる」という人たちがいました。「子どもの頃、祖父母や親たちが家で使っていたけれど、自分とは話さなかった」とも話していました。大人たちはホロコーストなどのネガテイブなイメージを持った、過去の言語の「訛り」を子どもたちに伝えないように細心の注意を払ったようです。子どもたちは、移住先がアメリカなら英語、イスラエルならヘブライ語で教育を受け、家庭でもその言語を使って育ちました。その中に、大人になってから講座などに参加してイディッシュ語を学び、話せるようになる人たちがいるのですが、それはほんのごく一部で、大半はほとんど使わないまま過ごしています。
 イディッシュ語は一般的に「消えゆく言語」だと言われています。けれども、話者の歴史や記憶が文学や映画などに作品化され、多くの話者の語りが録音、録画され、インターネットなどで広く公開されています。継承活動が盛んな一方、超正統派を中心にいまでも日常で話されていて、今後の展開が楽しみな言語です。
(東京大学研究員)

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