●日本の読者に●
本書は、《文庫クセジュ》の1冊である。1941年フランスに発足したこの文庫は、現在500冊を刊行しており、完成のあかつきには1000冊に達する予定である。《文庫クセジュ》は、知能に基礎的陶冶をくわえるための現代知識の焦点たらしめようという刊行者の意図によってはじめられた偉大な仕事である。
このような仕事をなぜフランスではじめるようになったのであろうか。その第1の理由は、フランスが百科全書の精神、いいかえればあらゆる人知を系統的に解明することをこころざす知的技術の誕生の地だからである。ディドロやダランベールの手になる『大百科全書』が刊行されはじめたのは1751年パリにおいてであった。この偉業は神学上の束縛から人間精神を解放するのにあずかって大きな力があったし、また1789年のフランス大革命のもっとも積極的な素因の1つともなったのであった。
第2に、フランス人の知性はその本質的な傾向から、普遍と綜合、つまりあらゆる百科全書が主眼とする2つのことがらを目ざすものだからである。
第3に、フランス人は、ひとびとのためにつくす最上の方法はその知性をたかめ文化財をゆたかにすることであると確信しているからである。この2つの目的にそうためには、慎重な構想のもとに細心の注意をもって作られた書籍で、きわめて教育的価値の高いしかもきわめて価格の安いものを、できるだけ豊富に提供するよりほかに道はない。
こういうわけで、《文庫クセジュ》がフランスにおいて熱狂的な歓迎をうけまた知識欲にもえる若い世代の人たちによって学業のおぎないとしてとりあげられているのも、当然のことといわなければならない。
しかし、《文庫クセジュ》の生みの親たちは、自分たちのはじめた仕事がフランスおよびフランス語諸国以外でその真価を認められ受けいれられようとは夢にも考えなかった。ところが事実はその逆であった。この文庫の最初の1冊を世に問うてから10年、そのあいだに世界の7カ国語をとおして、このささやかながら貴重な冊子は地球のすみずみまで行きわたるようになったのである。
このたび、日本のような古い伝統につちかわれた文化国がこのフランス精神の発露を受けいれてくれることになったのをわれわれはとくにうれしく思っている。人間精神のもっとも高邁なはたらきによびかけるこの文庫の使命には、野望も私心もさらにない。日本の読者がみなこの使命を理解し、それが千年の歴史に輝く2大文化の精神的接触に寄与することを願ってやまない。
1951年10月
コレクション《クセジュ》監修者 ポール・アングールヴァン


