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ちょっと立ち読み
伝説の歓楽街が、ここによみがえる!
──『モンマルトル風俗事典』

 「フランスばかりでなく、外国でも、ようするに世界中で、『ムーラン・ルージュ』という言葉は、きわめて意味深な何かを表している。あらゆる言語で下手くそに発音されるこの二語は、パリとは現代のバビロンであると言っているのである」(アンドレ・ヴァルノー『パリのダンスホール』)

 ことほどさように、世界で一番有名な歓楽街モンマルトルという神話は、パリで四回目の万国博覧会が開かれた一八八九年の十月六日の日曜日に、万博の閉幕と入れ替わるようにして開店した「ムーラン・ルージュ」によって確立されたのである。[…]

 「ムーラン・ルージュ」が一八八九年万博の延長であったことの紛れもない証拠は、ジュール・シェレが描いたその開店ポスターだった[本書カバー参照][…]。


ロートレック
《ムーラン・ルージュ、ラ・グリュ》
 万博の雰囲気が延長されていたことのもう一つの証拠は、ほかでもない、赤い風車だった。というのも、アドルフ・ヴィレットがデザインしたこの赤い風車は、丘の上の風車の記憶を受け継いだというよりも、むしろ、一八八九年万博の庭園に建てられていた奇想建築の醸し出す祝祭気分を引き継いでいたからである。

 それをよく示すのが、ヴィレットが凝らしたちょっとした工夫だった。すなわち、ヴィレットは赤い風車の一方の小窓には粉挽き女を、もう一方の小窓には粉挽き男を、それぞれステンドグラスに描いて、風車の翼が回転するたびに二人が交互に現れては愛の仕草を交わすように案配したのである。

 赤い風車の「赤」の色もまた、ある種のエグゾティスムをかきたてていた。眼に鮮やかなその緋色は、ドン・キホーテが突撃したスペインの風車を連想させたからである。

 だが、万博気分をいやがうえにもかきたてたのは、六千人収容可能とジドレールが豪語した緑豊かな中庭だった。万博庭園の楽しさが、いささか淫らな雰囲気を加えられて再現されていたのだ。[…]

 では、シルクハットをかぶった鼻下長紳士たちが大挙して押し寄せた目的はといえば、それはいうまでもなく、[…]フレッシュな女の子たちの肉体の躍動だった。

 「エリゼ=モンマルトル」ではセミプロとして踊り、カドリーユ・ナチュラリストで脚を高く跳ね上げていた彼女たちは、「ムーラン・ルージュ」の開店と同時に、当時としては破格の金額で雇われた。

 なかでも、豊満な肉体と大胆な脚撥ねで大人気を博していたラ・グリュは、なんと月額六百フランで契約を結んだ。この時代、下っ端役人の給料が年額千五百フランであったことを思えば、下町の女の子には目の玉の飛び出るような金額だった。素晴らしい肉体と大胆さを兼ね備えた女の子であれば、ただそれだけで大衆のアイドルとなれる時代がついにやってきたのである。

(「ムーラン・ルージュ」より)


モンマルトル風俗事典
もっと詳しく
モンマルトル風俗事典

鹿島 茂 著

19世紀、モンマルトルに花開いたカフェ、キャバレーの数々……そこに渦巻く人間模様を生き生きと再現。この一冊で、あの小説もあの絵画も、ひと味ちがった楽しみかたができる!
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