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ちょっと立ち読み
熱き古本ウンチク満載──『古本屋を怒らせる方法』

「あんなクソじじい、死んでせいせいしました」

 大学教授のテリー氏が、いつになく激しい口調でこう言った。これはただごとではない。見かけは少々いかついが、きわめて紳士的なテリー教授である。彼が発する言葉とは思えなかった。そのオヤジ、よほど悪いヤツに違いない。ところが、聞いてみれば、何年か前に亡くなった某書店の主人のことではないか。昔、ちょくちょく通った古本屋である。広くはないが、すっきりと整理された店舗に文芸書を中心としてかなり筋のいい本を並べていた。話好きなおやじは、買った本を肴にちょっと水を向けると滔々と喋り出し、自分が古本屋を開業した顛末から、その生い立ちへと遡って行くのだった。

 しかしテリー教授によれば、こうである。彼が二度目に某書店を訪れたときのこと。じっくり棚を吟味していると店の電話が鳴った。店主の口調からして何かの誘いのようであった。

「よっしゃ、わかった、これから出かけるわ」

 相手が「まだ営業中やろ」とか何とか応えたのだろう、店主はこう付け加えた。

「かまへん、かまへん、クズみたいな客だけや」

 カッチーンときた。目と鼻の先で本を物色しているのだ。聞こえよがしに「クズ」呼ばわりとは、教授でなくとも穏やかではいられない。しかも、前回初めて来たときにはかなりの買い物をしていたのだ。

「ワシのどこがクズやねん、いっちょ勝負したろか! 表に出んかい、ワレ」

 とでも啖呵を切りたかったに違いない。しかし、紳士である教授はぐっと我慢した。静かに店を出て、二度と敷居をまたぐことはなかったという。

「文芸評論家の大山デブ太なんかにちょっと持ち上げられて勘違いしよったんですよ、あの糞おやじが」

 たしかに、某書店を褒めちぎった大山デブ太氏のエッセイを読んだ記憶がある。それによれば、珍しい資料を掘り出し、しかも支払いを急かさない優良古書店のはずだが……。テリー教授の悪罵は止まるところを知らなかった。

 とはいうものの、ヘンクツ揃いの古本屋のおやじにコケにされる、または叱られるなどという出来事は日常茶飯のことであって、大概の古本屋には溶け込む自信のある小生も、というのは溶け込んでしまうと手ぶらで出やすいからであるが、未整理の本に触って注意された記憶はいくつも持ち合わせている。何故か彼らは値付け前の本に客が触るのを極端に嫌うのである。まるでわが娘の処女を奪われたかのごとき剣幕で客をなじる店主さえいる。あるとき、ある店の前に本が積み上げられ、いくつもの塔ができていた。時代がかったいかにも古本という品物ばかり、悪く言えば汚い本ばかり、それぞれ二、三十冊ほどもあったろうか。店の奥ではごそごそと主人が仕分けをしていた。外に出していたのは虫干しのつもりだったのかもしれない。その店を目指して歩いて来たこちらが、おやっと思って、一番外側のてっぺんに載っている本を取り上げたとたん、野良猫でも追い払うような口調でこう浴びせられた。

「触ったらアカン! 売りもんとちゃう」

 シッシ(これは手振り)

 売り物でなきゃ、店の真ん前に置いとくなよ、ば〜か、とやり返してみたかったが、そんな度胸はなくそそくさと退散した。この主人もそれから間もなく亡くなった。

古本屋を怒らせる方法
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古本屋を怒らせる方法

林哲夫著
税込価格2,100円 (本体価格2,000円)

古本および、古書店人やコレクターなど、古書をとりまく人々の生態を、ユーモアあふれる視点から活写。古本屋とのつきあい方を、自らの経験をもとに伝授する、古本マニア待望の書。

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