健康の味は、健康の時に味わえず、
健康の損なわれた時にはじめて味わえる。
最近、としがよってきたために、いろいろのところが損なわれるようになってきた。
去年のいまごろのことかと思いますが、右手首のあたりが、トツゼン痛いのでおどろいた。
のべつに痛いわけではないけれども、どうかしたときにひどく痛い。
ポケットに手を入れる時、
エンピツを持って何かを書こうとするとき、
ピックと痛む。
私は右手で絵を描いたり、字を書いたりするので、とてもメーワクです。
「痛いから絵も字もやめにします」
とできれば問題ないけれども、そうはいかない。
そんなことをしては、たちまちメシも食べられないようなことになる。
と思っていたら、絵も字もまだやめていないのに、痛くてメシを食べるのもやっかいなことになってしまった。
のみならず、ウンコして、その後に紙で拭こうとすると、激痛が走るまでになってしまったのだった。
いろいろ人に聞いたり調べたりしてみると、どうやらそれは腱鞘炎というものらしい。腱鞘とは、腱の外囲を筒状に包む結合組織性の鞘のことで、腱鞘炎は、腱鞘の炎症のことだと辞書に書いてある。手や指の過労などによって起こり、疼痛・腫脹を主徴とする。キー・パンチャー、電信技士、ピアニストなどの職業病としても知られる。とあります。
けれども、この記述は私の腱鞘炎の状況には少しもあてはまらないのであって、私はその頃、格別に手や指を酷使したわけでもないし、キー・パンチャーでも電信技士でも、ピアニストでもないのだった。
インターネットで検索してみると、こちらはもう少し実際的のことが書かれてあって、たとえば痛い方の手を、親指を内側にして握り手首を外側へクイッと曲げると「とても痛い」、それは腱鞘炎です、と図解がしてある。
やる前から痛そうなのは分かったけれどもそのようにしてみると、案の定大層痛いので、
「これは間違いなく腱鞘炎だ!」
と、私は即刻診断を下してしまった。
病院に出かけてみると、まず「イヤ」というほど待たされた。待合室で待っていると、そこへ顔見知りのカレー屋さんのインド人Nさんが、手を大怪我した様子で血だらけで入ってきた。
おどろいたのは、こんな場合も窓口はひどく落ち着いた様子で、
「そちらでお待ちください」
と言って、私と同じように「イヤ」というほど血だらけのNさんを待たせることだった。Nさんの怪我は自動車のドアにはさんだのだそうで、とても痛そうだ。
「病院は平気で人を待たせるなあ」
と私はその時に最近の病院事情を勉強した。
やっと私の番が回ってきて、センセイのそばに座らされた。センセイは三十年配の若センセイだったが、センセイの椅子がおそろしく立派なのにくらべて、患者の椅子は、バカにカンベンなつくりで、ずい分差をつけられたような気がする。
「腱鞘炎というのになったらしいです……」
と私が言うと、たちまちセンセイはご機嫌を損ねられたご様子だった。
(『健康の味』より)
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健康の味 南伸坊著 健康だと思っても、寄る年波には逆らえません。腱鞘炎・鼻血・ゼン息・メタボなど、気づけば著者も立派な病人予備軍!さあ、ねじり体操に冷水浴、シコふみ。アナタもゆるりと始めませんか? |



