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ちょっと立ち読み
医療から最も遠い人々を救う
──『アフガニスタン母子診療所』

 まだ戦争が終わって間もないアフガニスタンでは当時、あちこちで軍閥が幅を利かせていた。軍閥とはいっても、地方の有力者が、ほとんどが農民であるその土地の男たちを統率して作った武装集団のことで、「まだ国の治安機構が公式に整備できていないから、われわれが警察組織の代わりだ」とばかりに、警察官を自任していた。でも、実際やっていることは、軍閥同士でなわばり争いをして暴れているだけだったのだが。軍閥が勝手に道の途中に検問所を作り、そこを通る車から通行税という名の賄賂を徴収するのははた迷惑だった。(中略)

 B市でもふたつの軍閥が勢力争いをしており、ごていねいにも診療所の隣は、そのうちの一方の軍事基地だった。対するわたしたちNGOの武器は「非武装」と「軍事的・政治的・宗教的中立」であることだけだ。だから、それをまわりに十分周知することも、患者やスタッフ、そしてわたしたち自身の安全のために重要な仕事だった。そこで、「お隣の軍閥」寄りではないことを説明するため、その反対勢力である軍閥のコマンダー(リーダー)のところにあいさつに行くことにした。

 銃を構えた若い兵士たちに案内されながら、戦闘で崩れかけた基地の階段を降りてゆく。基地といっても建物自体は一見ふつうの事務所のようだけれども、さすがに壁も天井も床もどこもかしこも銃痕だらけだった。いちばん奥の地下室に靴をぬいで入るように言われたとき、「生きてこの部屋を出られるのだろうか……」と一瞬考え込んでしまった。

 大勢の兵士を従えて、絨毯を敷いた床にあぐらをかいて座っていたコマンダーは、小太りで、白髪混じりの長いひげを顔中にはやし、オオカミのように鋭い眼光を放つ人だった。とても大柄とはいえないのに、黙って座っているだけで息を飲むほどの威圧感があった。

 「ここの街の診療所のスタッフに帝王切開を教えたいんです。そして彼らだけで手術できるようになってもらいたいと思っています」と説明しながらも、内心声が震えだしそうになるのを必死になってこらえた。そして、わたしの人生で、てのひらにこれほど汗をいっぱいかくことはもうないだろう、とも思った。しかしコマンダーは黙って話を聞き終えると、拍子抜けするほどの温かい目と穏やかな声でこう言った。

 「アフガニスタンの貧しい人たちのために来てくれてありがとう。診療所の見張りにうちの兵士を送る。なにか困ったことがあればいつでも自分が助けに行くから、見張りに言ってくれ」

 そして、彼は本当に警察官の制服を着た兵士をふたり、診療所の見張りに派遣してくれた。銃は持たないでね、と頼んだことは言うまでもないが、このふたりの兵士たちにはあとでほんとうに助けてもらうことになった。

(「第一章 砂漠の冬」より)


アフガニスタン母子診療所
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アフガニスタン母子診療所
梶原容子著

NGOから派遣された日本の産婦人科医が、妊娠から出産まで、想像を絶する文化の違いにとまどいながらも、現地スタッフと共に「命」を守ろうと懸命に診療を続ける日々をユーモラスに描く。
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