その二か月後、ロンドンのサザビーズで、ニューヨークのウイリアム・ワインバーグ・コレクションの売立てがあり、これがピーター・ウィルソンの印象派部門に最初の大成功をもたらした。売立ての打診があった当初の査定で最高基準の評価が行なわれたが、実のところ、コレクション自体は特に優れていたわけではなかった。ただ、ファン・ゴッホの作品が十点含まれており、そしてウィルソンは──彼のアンテナは、美術品の質に対するのと同じほどに、市場性にも積極的に反応する──それらの作品のもつ可能性を感知したのだった。ぜひロンドンでオークションにかけるようにと、ワインバーグの遺言執行人を説得する一方で、ウィルソンはその宣伝活動を開始する。まず、オークションに先だって広報活動を展開するために、広告会社のJ・ウォルター・トンプソン(JWT)を雇うよう、サザビーズの重役会に働きかけた。この売立てはある意味で、あらゆる広告マンが夢見る大チャンスだった。というのも、十点のファン・ゴッホ作品は、カーク・ダグラスがファン・ゴッホ役で主演した一九五六年の映画『炎の人』の撮影で使われた、まさにその絵だったからだ。つまり、現在ハリウッドで映画化されている英雄的な運命をもつ画家が描いた〈本物〉の絵を買えるチャンスがここにあるのだ。そして、その絵は映画のなかで実際に〈呼び物〉として登場する作品でもある。しかも、ファン・ゴッホ役を演じたハリウッドスターが、もしかしたら実生活で自身の豪華な住居の壁に飾っていたかもしれないほどの絵なのである。ハリウッドと印象主義とのあいだの境界をあいまいにする広告戦略は、印象派絵画に対する熱狂をその頂点まで押し上げることを意図していた。オークションの誇大宣伝は、ここにきて新たな段階に達したのだ。JWTは女王陛下にオークション当日の招待状を送ったが、それが彼らにさらなる幸運を招いた。女王陛下が現われたとき、サザビーズの重役たちはまさに仰天した。招待客リストのなかに女王陛下の名があったが、それは陛下と同じ名前の雑誌の記者だろうと考えていたのだ。より貴族的なクリスティーズの重役会であれば、犯さなかったような誤解ではある。だがクリスティーズにとっては悲しいかな、王室の行幸に浴したのは彼らのオークションではなかった。JWTは、この一件を利用して、よりいっそうの宣伝効果を引き出そうとした。女王陛下がとりわけドガのパステル画《負傷した騎手》をお気に召したようなので、陛下ご自身が入札をされるおつもりかもしれない、などといった考えられないような噂を広めたりもした。もちろんこれはまったくの偽りだったが、しかしオークションに対する関心はさらに高まった。なにしろ印象主義の魅力は、王室にまで広がったのだから。
(「6 奔走する競売人たち」より)
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印象派はこうして世界を征服した フィリップ・フック著/中山ゆかり訳 モネやルノワールはどうして世界中の人々に好まれるようになったのか? なぜお金持ちは印象派絵画を所有するのか? 絵画売買のエキスパートが明かす美術史の舞台裏! |



