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ちょっと立ち読み
ピュリツァー賞受賞作品
──『倒壊する巨塔 アルカイダと「9.11」への道』(2)

 数カ月後の一九九六年十一月。コールマン捜査官はケネス・カラス、パトリック・フィッツジェラルド両検事を伴って、ドイツにある米軍基地を訪れていた。基地内の「一時保護施設」にいるスーダン人の内通者ジャマル・ファドゥルの事情聴取が目的だった。スーダンの首都ハルツームで、ビンラディンの下で働いていたという触れ込みで、当人はひどく緊張していた。コールマンが持参した資料の中には、ビンラディン一派としてその存在が知られている男たちの顔写真もふくまれていたが、ファドゥルは写真の主の大半をたちまち言い当てた。彼がアメリカに売ろうとしていたのは、さる陰謀が進行中だという情報だったが、陰謀の担い手についても知っていることは明らかだった。ただ厄介なのは、ファドゥルの証言がいまひとつ信用できない点だった。話に勝手に尾ひれをつけるし、自分自身を正義のヒーローに見せようと必死だったから。
 「だったらなぜ、きみは仲間のもとを離れたのだい」と検事のひとりが質問したくらいだ。
 自分はアメリカが大好きなんだ、とファドゥルは言った。自分はブルックリンに住んでいたこともあるし、英語だってしゃべれる。それに逃亡すれば、本を書いて、ベストセラー作家になれるじゃないか。彼は興奮していて、じっとしていられない様子だった。どうやら語りたいことが山ほどあるようだ。それから数日間、つくり話を延々と語ったすえ、ファドゥルはぱったりと口を閉ざした。そのあと、じつはビンラディンの個人資産から十万ドルあまりを持ち逃げしたのだと明らかにした。そう白状すると、ファドルはしばらく泣きやまなかった。そこが尋問のターニング・ポイントだった。ファドゥルは、この一件が裁判となった場合、政府側の証人になることに同意した。ただ、検事たちが当初想定した告発事由では、立件の可能性は乏しいように思われた。
 すると頼まれもしないのに、ファドゥルは「アルカイダ(アル=カーイダ)」なる組織について語りはじめた。その場にいた全員にとって、初めて耳にする単語だった。ファドゥルは訓練キャンプの様子や、一旦緩急あれば行動にでる潜入細胞についても縷々語った。ビンラディンは核兵器や化学兵器の獲得にも関心をもっていると。一九九二年にイエメンの港町アデンのホテルで起きた、米兵を狙った爆破事件や、同じ年にソマリアに派遣された国連多国籍軍に抵抗し、翌九三年、米軍ヘリを撃墜したアイディード将軍派の民兵を訓練したのも、じつはそのアルカイダだったと。ファドゥルは具体的個人名をあげ、組織図を描いてみせた。アメリカ人たちは、ファドゥルの話に衝撃を受けた。二週間にわたり、一日六ないし七時間、細部についてくり返し何度も質問を浴びせ、その答えに矛盾がないかとチェックしたけれど、ファドゥルは決してブレなかった。
 コールマンは息せき切ってFBIに戻ってきた。だが、だれも特段の関心を示さないように思われた。なるほど、ぞっとするような話だが、そんな盗人で、嘘つきな野郎の証言の裏をどうやって取れというのだ?そんなことより、もっと差し迫った捜査がほかにいくらでもあるのだぞと言われてしまった。
 一年半のあいだ、ダン・コールマンはビンラディンにたいする孤独な捜査をつづけた。彼はCIAのアレック支局に出向状態だったので、FBI側はともすると、コールマンの存在自体忘れがちだった。ビンラディン系の企業にたいする盗聴から、コールマンはアルカイダという組織の全体像を図示化することにも成功した。そのネットワークは中東、アフリカ、ヨーロッパ、中央アジアの全域に広がっていた。アルカイダの多くの構成員が米国とつながりを持っていることも分かり、コールマンは警戒した。そして最後に、次のような結論に到達した。アルカイダとは、アメリカを破壊すべく邁進する、世界規模のテロ組織である―と。だがしかし、この件についていくら報告をあげても、上司から返事の電話すらもらえなかった。
 その結果、コールマンはひとり取り残され、ただ自問自答するのみだった。彼が発した一連の問いかけは、やがてすべての人々の脳裏に去来することになる。この運動は一体どこからやって来たのだろう?彼らはなぜ、アメリカを攻撃対象に選んだのだろう?そして、その動きを阻止するため、いったい何ができるだろう?コールマンはいわば、顕微鏡をのぞいて、未知のウイルスを発見した研究員だった。アルカイダは載物ガラスの上で、致死性という特質をおのずから明らかにしつつあった。規模こそ小さい(当時の構成員はたった九十三名)けれど、イスラム世界、なかんずくアラブ世界を席巻しつつある、より大規模な急進的イスラム主義運動の一部と連動していた。接触感染の確率はきわめて高かった。このグループを構成する男たちはよく訓練され、しかも実戦で鍛えられていた。どうやら物資や資金の面では潤沢なようだ。みずからの唱える大義に狂信的なまでに没入し、そのうえ最後は自分たちが勝利をおさめると心底確信していた。彼らを束ねる哲学は、心に強く訴えかける性質を持っていた。およそ大義のためならば、わが身を進んで、かつ熱狂的に、捧げようとするくらいに。しかも殉教の過程で、できるだけ多くの人間を道連れにしたいとも願っていた。
 だが、この新たな脅威の最も身震いする点は、ほとんど誰ひとり、この運動をまじめに受け止めようとしないことだった。あまりに奇怪で、あまりに粗削りで、あまりに風変わりだから。人類史上出現したさまざまな野蛮行為から自国を守るため、アメリカはアメリカ流の理想主義に信頼を置いてきた。社会の近代化を押しすすめ、科学技術を発展させて、脅威に対処してきた。ビンラディンとその信奉者がしめす傲慢とも思える反抗的態度は、そうしたアメリカ的常識と相反するため、ひどくバカげてみえ、むしろ哀れを催すほどだった。だが、アルカイダなる組織には、七世紀のアラビアを理想とする、時代遅れの過去の遺物と一蹴できない側面があった。彼らはいかにすれば現代的な道具と思想を最大限活用できるか、しっかりと学んでいたのである。だがそれは、別に驚くべきことではないのかもしれない。なぜなら、アルカイダという物語は、それほど遠くない過去に、事実上アメリカという土地で始まったのだから。

(「プロローグ」より)

倒壊する巨塔
もっと詳しく
倒壊する巨塔
アルカイダと「9.11」への道
ローレンス・ライト著/平賀秀明訳

ビンラディン、ザワヒリ、FBI捜査官の軌跡を丹念に追いかけて、等身大の姿を描く。徐々に惨劇に向かって収斂していく様には、まさに戦慄を覚える。ピュリツァー賞受賞! 手嶋龍一氏推薦!

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