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ちょっと立ち読み
ひと味違う小説の楽しみ方
──『大学教授のように小説を読む方法』

 記憶。シンボル。パターン。これが何にもましてプロの読者と一般大衆を分ける三つのアイテムだ。英文学教授はみな記憶に呪われている。新しい作品を読むとき、私はいつも頭の中で回転式のメモ帖を繰り、類似点や予測される結末を探してしまう。この顔はどこで見たのだったかな、このテーマは知っているんじゃないか? こんな能力を行使したくないと思うことは多いが、やらずにはいられないのだ。たとえばクリント・イーストウッドの『ペイルライダー』(1985)を観はじめて三十分、ははん、これは『シェーン』(1953)だな、と気づく。するとその後はもうすべてがアラン・ラッドの顔とダブって見えてしまう。エンタテインメントの世界では、けっしてありがたい性癖ではない。
 大学教授はまた、象徴性に焦点をあてて読み、考える。そうでないことが立証されるまでは、あらゆるものが何かの象徴として機能するのだ。(中略)
 これに関連したプロの読書に見られるもうひとつの現象は、パターン認識だ。ほとんどの文学研究者は、表面にあらわれたディテールを読み込みながら、ディテールが示すパターンを見ている。象徴性の想像力と同じように、それはストーリーと自分のあいだに距離を置けるということであり、プロット、ドラマ、登場人物の情動的レベルを超えて先を見る力があるということだ。そういう人たちは、人生と書物に似かよったパターンがあることを経験から知っている。この技は英文学教授だけのものではない。コンピューター診断の時代以前に車の修理にあたった腕のいい自動車工は、エンジントラブルの原因をパターン認識で突きとめていた。これこれの異常が出ていたら、どこそこをチェックすべし、というように。文学にはパターンがひしめいている。あなたが読書の最中にでも、作品から一歩さがってパターンを探してみることさえできれば、読書体験からはるかに多くを得られるだろう。(中略)
 象徴性を見抜きパターンを見つける力と最強の記憶力を併せもった人物が、文学以外の状況で何を読み取れるかの例を見てみよう。ある医師が男性患者を観察していて、どうやら父親に反感を抱いているようだと気づく。しかし母親に対してはやさしくて愛情深く、甘えた様子さえ見える。この男だけの問題だからそれはそれでいい。だが今度はべつの男に同じ傾向を見つけた。さらにもう一度。そして二度。ひょっとしたらこれはひとつの行動パターンではあるまいか。そこでふと考える。「おや、いったいどこで見たのだったろう?」記憶が過去の経験から何かを掘り起こしてくる。臨床治療とは無関係の、ずっと昔若いころに読んだ戯曲だ。父親を殺して自分の母親と結婚した男の話。この医師は気の利いた名前を考える名人なので、問題の行動パターンをエディプス・コンプレックスと名づけた。そう、先に述べたように、こうした能力を発揮するのは英文学教授だけではないのだ。ジークムント・フロイトは文学研究者がテクストを読むように患者を「読み」、われわれが小説や詩や戯曲を解釈するときと同じ想像力に富んだ解釈で症例を解析した。フロイトがエディプス・コンプレックスを識別したのは人類の思想史上偉大な瞬間であり、心理学的にも文学的にもきわめて大きな意味をもっていた。
 このあとの紙面で、私は教室でやっているのと同じことを試みたいと思う。読者のみなさんにプロの文学研究者の読み方を見ていただき、われわれが読むときにかならずついてまわるコードやパターンを広く紹介するつもりだ。

(プロローグ「いったいどうやったんだ?」より)

大学教授のように小説を読む方法
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大学教授のように小説を読む方法

トーマス・C・フォスター 著/矢倉尚子 訳

シェイクスピアの引用? 聖書の引喩? ギリシア・ローマ神話の借用? 英米文学に見られるさまざまな「象徴」や「パターン」を楽しく読み解く、アメリカでロングセラーの解説書。
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