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ちょっと立ち読み
ファッション・デザイナーの祖
……『ローズ・ベルタン ─ マリー=アントワネットのモード大臣』

 1779年3月5日。全国三部会が召集されることになるおよそ10年前のこの日〔10年後の1789年5月5日、財政破綻に瀕し、170年ぶりに全国三部会が召集され、フランス革命の発端となった〕、ルイ16世とマリー=アントワネットはパリに赴いた。国王夫妻がパリに入るための荘重な隊列は、王子王女の誕生の際に通常組まれる隊列の倍の豪華さだった。ふたりはフランス貴族社会の粋を集めた28台の四輪馬車を従えていた。行列はサン=トノレ通りを過ぎ、待ち望まれていた王女、マリー=テレーズ・シャルロット・ド・フランスの誕生を祝う御ミサが執り行なわれるノートルダム大聖堂へと向かった。ルイ=セバスティアン・メルシエは『18世紀パリ生活誌』で当時の様子を見事に描写したが、そこには次のように記されている。
 「国王陛下の隊列は首都パリへと進む。精鋭の威厳ある兵士たちの騎乗する駿馬の蹄鉄が敷石にきらめく。誰もが窓にひしめいて、きらめく馬車の奥へと視線を浴びせる」
 隊列に見入る人々の中に、ひとりの女性がいた。その女性はサン=トノレ通りに面した、30人のお針子が働く仕事場のバルコニーから、他の人々と全く同じように下をのぞきこんでいた。メルシエと並んで、優れた時代の証言を書き残しているルイ・ド・バショモンは、著書『秘録』でこう描写している。
 「妃殿下は通りがかりにその女性を認めておっしゃった。『ああ、あちらにベルタンが』。そして、ご庇護のしるしとして、片手をお挙げになり、ベルタンはひざを折ってお辞儀をしてこれに応えた。国王陛下もお立ちになって、手をお振りになった。ベルタンはまたお辞儀を返した。王族方がみな同様にされ、さらにこれに倣う宮廷の人々がベルタンの前を通り過ぎるとき会釈をした。こんなに何度もお辞儀をしては、ベルタンはさぞかし疲労困憊したことだろう。だが、この栄誉は彼女にまたとないほどの輝きを残し、これまで以上に敬われるようになった」
 勝利を手にしたのは、王女でも、公爵夫人でも、侯爵夫人でも、伯爵夫人でもなかった。国王を立ち上がらせ、王妃を微笑ませ、フランス宮廷中を会釈させたこの女性は、「もっとも低い身分」の平民だった。
 当時は、「やんごとなきご身分のご威勢高き貴族たち」が、国王が姿を現すとともに平伏し、ゆったりした肘掛椅子を自由に使える王女や公妃たちが、王妃の前で硬い床几に座る特権をめぐって争い、誰にでも命令できる王族たちが儀礼に則って国王の尿瓶を捧げ持つことが栄誉とされた時代だった。そうした宮廷の高貴な身分の者が、次々と低い身分の者に会釈する──これはいったいどう説明したらいいのだろうか。

(本文「プロローグ」より)


ローズ・ベルタン
もっと詳しく
ローズ・ベルタン
マリー=アントワネットのモード大臣

ミシェル・サポリ 著/北浦春香 訳

フランス王妃を虜にした美しい衣装、斬新なアイデア──第三身分でありながら18世紀ヨーロッパのファッションを牽引し、オートクチュールの礎を築いたモード商ベルタンの波乱の生涯。
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