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ちょっと立ち読み
「黒人に所有された黒人奴隷」を描いた長篇
……『地図になかった世界』

 主人が死んだ夕方、大人たちにその日の作業を切り上げさせ、空腹で疲れた彼らをそれぞれの小屋に帰したあと、彼はさらに長いあいだ働いた。大人たちのなかには彼の妻もいた。子どもは遅めの夕食の支度を終えたあと余裕があればわずかに残る陽の下で遊べるよう、大人より一時間ほど前に畑から帰されていた。子どもたちのなかには彼の息子もいた。彼の主人が所有するなかでもっとも年老いたラバと彼とを繋いでいる年代物の脆くなった馬具から、彼、モーゼズがようやくその体を自由にしたとき、陽の光はもう、長さ十センチほどの赤とオレンジ色の名残のみで、ひとつは左に、もうひとつは右にあるふたつの山のあいだの地平線を横切って静かに波打っていた。十五時間のあいだ、彼はずっと畑にいた。夕暮れの静けさが体を包み込むなか、彼はその場を去る前に少し立ち止まった。寝床を求めてラバがぶるんと震えた。モーゼズは目を閉じ、ひとつまみの土を手に取り、それをひとかけの玉蜀黍パンであるかのようにためらいもなく食べた。太陽の細長い光が暗い青色に色あせ、やがて消えていく瞬間を見逃さないよう頭をうしろに傾けて目を開けたまま、口のなかで土の味を吟味してから飲み込んだ。奴隷であれ自由の身であれ、彼はその地所で土を食べる唯一の男だった。奴隷の女たち、とりわけ身ごもっている女たちは、ある不可解な欲求から、玉蜀黍パンや林檎や豚の脂肉からは摂取できない何かを体に取り入れるために土を食べた。彼が土を食べるのは、地力の強いところや弱いところを見つけるためであり、また食べることを通して、彼の小さな世界のなかで唯一、自分の命とほぼ同じくらい大切なものと結びつくことができるからだった。
 いまは七月で、その土は六月や五月のものよりもいっそう、あまい金属のような味がした。成長する作物にある何かが金属的な精気を発散し、八月の半ばになってようやく薄れはじめる。収穫の時期までには完全に消え、酸っぱい黴臭さに変わる。彼のなかではそれが秋と冬の到来に結びついていた。三月、春の激しい雨が降る前に初めて土を味わうとともに彼と土とのあいだで始まった関係も終わる。いま、日は落ちて月もなく、暗闇が彼を心地よく捕らえていた。彼はラバの尻尾を握って畑の端まで歩いた。空き地に入ると尻尾を離し、ラバの近くを歩いて納屋にむかった。
 ラバは彼のあとをついてきた。夜支度を調えてやったあと外に出ると、雨が近づいている匂いがした。深く息を吸い込み、それが体のなかに押し寄せるのを感じた。ひとりの時間だ、そう思うと口元が緩んだ。地面にもっと近づこうと跪き、もっと深く息を吸った。その効果が薄れはじめたとき、ようやく彼は立ち上がり、その週三度目になる方向転換をして、人々のいる小屋が立ち並び、妻と息子がいる彼自身の小屋もある住区の路地にむかう道から外れていった。


地図になかった世界
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地図になかった世界

エドワード・P・ジョーンズ 著/小澤英実 訳

南北戦争以前、「黒人に所有された黒人奴隷」たちを描いた歴史長篇。日々の暮らしの喜怒哀楽を静かに語り、胸を打つ。ピュリツァー賞ほか主要文学賞を独占した話題作。柴田元幸氏推薦!
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