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ちょっと立ち読み
ある奇妙な女流作家の栄光と転落──『エンジェル』

 「『エンピリアンの広大な空虚のなかへ』」とミス・ドーソンは読み上げた。「この『エンピリアン』の意味を言ってくれますか?」
 「それは」とエンジェルは言って、舌で唇を湿らせた。そして、教室の窓から、葉がすっかり落ちた木々の向こうの空を見て言った。「『最高天』という意味です」
 「そう、空のことですね」とミス・ドーソンは疑わしげに言った。そして、当惑しつつ練習帳をエンジェルに手渡した。この少女は嘘つきで有名だったので、この奇妙な作文──「海の嵐」──が提出された時、ミス・ドーソンは、これは以前読んだことのあるものではないか、あるいは読んでおくべきものではなかったかと、不安を覚えながら読み進めた。その晩は、ペイターやラスキンその他を調べるので大変だった。こういう装飾過多の、漸増法や頭韻だらけのものを軽蔑してはいたが、「これは文章が凝りすぎていて下品ですよ」と言うためには、誰がそれを書いたのか知っておきたかったのだ。
 ミス・ドーソンはこれを女校長に打ち明け、校長も、これは注意すべきだと感じた。とても十五歳の少女が書いたものとは思えなかった。もし本当に、十五歳の少女が書いたのだとしたら。
 「以前にもこんなことはありましたか?」
 「いいえ。いつもは、インクのしみがついた一、二行の文章しか提出しないんですが」
 「『紫電が一閃し、空を走り抜けた』」校長は声に出して読んだ。「オスカー・ワイルドは調べましたか?」
 「ええ、それからウォルター・ペイターも」
 「当人に訊くしかないでしょうね。もし私たちをからかおうとしているなら、これが初めてじゃないはずですよ」
 エンジェルは、退屈するとぼうっとなりやすく、ある冬の午後などは、学校からガス灯のついた通りまで誰かに跡をつけられている、と話したことがある。もっとも、のちに一人の巡査に、間違いだったかもしれない、と認めたのだけれど。
 ほかの生徒が全員帰ってしまったあとで、エンジェルはミス・ドーソンから問いただされた。この人は、私があれを書いたことを信じてないんだわ、エンジェルは軽蔑の眼差しを、この小柄な、落ち着きのない、ずり落ちそうな鼻眼鏡と鳥の巣のような髪をした女に向けながら思った。私じゃないなら、誰が書いたというんだろう? 誰に書けるというんだろう? あなたの人生って何?──たかが授業のことで大騒ぎをして、スカートをチョークであちこち白くして、下宿へ帰って明日のシェイクスピアの下調べ、このページとこの行は飛ばして、私たちが「子宮」って言葉を読まないようにする。

(本書冒頭より)


エンジェル
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エンジェル

エリザベス・テイラー著/
小谷野敦訳


二つの大戦を生き、大衆に人気を博したある奇妙な女性作家の栄光と転落。鋭い批評眼とユーモアをこめて描かれる、20世紀英国小説の隠れた名作、初の翻訳。鬼才オゾン監督による映画化原作。

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