僕にはさらに、文学におけるエロティシズムについてエッセーを書く計画もある。変わった本になればいいなと思っているのだが、とにかく、文学作品に現れるエロティックな記述を、歴史的に辿るつもりでいる。引用もたっぷりするつもりだ(仮題は『書かれたがままのエロティシズム その歴史』)。ただしアクセスの便、不便を考えると、渉猟する資料コーパスはフランス文学に限らざるを得まい。地上の至るところに花と咲く驚異の数々を断念するのは残念だが、しかし、チベットのポタラ宮やヴァチカンの地下室で自由に資料探しをさせてもらえるとは思えない。僕としては、十五年来温めてきたこの計画が、僕の小説の主人公(『様々なる色事』というタイトルで話題にしてきた小説の主人公)の計画になればいいと思っている。小説『様々なる色事』の場合、主人公の名前はフランソワ・ヴェイエルビット〔ビットbiteは卑語でペニスの意〕あたりがふさわしいだろう。この洒落が読者に通じるならば、だが。フランソワ・ヴェイエルビットは、やはり作家で、『様々なる色事』という小説を執筆すると言ってはいろんな出版社から前金をせしめ、その金で若い娘たちをあちこちのホテルに連れ込んでいる――それがこの小説のあらましだ。僕は手始めに、フロベールの書簡集とスタンダールの日記を読み、ノートをとった。三十歳のフロベールは、イタリア旅行中、ヴェネツィアからこう書き送っている――「性行為なし」ローマからは「私はいたって貞節です」ナポリからは「まずまずのセックスをしました」
スタンダールは十九歳のときにジュネ夫人についてこう言っている。「後背位でやっているときの彼女はチャーミングだと聞いて以来、僕は彼女が欲しくてたまらない」別の女性についてはこうだ。「やらせてくれる女だと分かって以来、僕は彼女が好きなのだ」さらに別のところではこう――「D・R嬢のことを別にすれば(彼女とは週に一回やっている)、ぼくは純潔そのものだ。おかげで太った」リヨンの女については「彼女とならいいセックスができたと思うのだが」こんな例は枚挙に暇がない。
以前、僕が書きかけのまま放置しておいた手紙が見つかった。日付を見ると、どうやらペンを取ったのは去年のことらしい。誰に宛てた手紙なのかはもう思い出せない。僕は誰に出すのか決めずに手紙を書きはじめる癖がある。たいていの場合は、書いているうちに突如、宛名人を決定する文章が頭に浮かぶものだ。この手紙の書き出しは、小説の書き出しとしても遜色ない出来だった。「来週、私は五十二歳になります。二十三歳になると思っていたわけではありませんから、別に驚きはしません」その続きは文字がよく判読できない。サン・ベルナールという名前が出てきたり、もっと先には「地上の楽園」という文字が読めたりする。辛うじて判読できたのは次の文章だ―「地上の楽園で一週間を過ごした今、自殺するに如くはありません」便箋の裏を見ると、『母の家で過ごした三日間』の梗概が書かれていた。これは、今、さっそく役立つかもしれない。こんな文章だった。「すっかり途方に暮れた男が五十歳の誕生日に決心する、自分が今どこにいるのか知るために、全ての予定をキャンセルしようと。彼は生活を変えたいと思っている。仕事も、女も、町も、時代さえも変えたいと」
「すっかり途方に暮れた男」とは、何とも麗しい婉曲表現だ。今どきこんな表現を用いるなら、医学書に記載されている精神病の様々な段階表に背を向けるに等しいだろう(実際、「気力減退」の段階表、「鬱病」の段階表、「絶望」の段階表、と様々な段階表があって、ちなみに「絶望」のそれは、ゼロから六までのステップに分かれている)。我らが主人公は、ときおり憂鬱に苦しめられる状態から、恒常的な落ち込み状態へと進んだわけだから、その病状はいたって月並みな経過を辿ったと言うべきだろう。病理学的にはまるで面白みのないケースだ。ただ、この「途方にくれた男」には他に聞いてみたいことがたくさんある。たとえば「今までにオーガズムに達した性体験の数は?」とか「オーガズムは週に何回?」とか「あなたは、あなたのパートナーがどのくらいの満足を覚えているとお考えですか?ゼロ(最低)から十(完璧)までの数字でお答えください」とか。さらに「あなたは人混みが怖くはないですか?色の黒いものはどうでしょう?では、エレベーターは?」とか。ぶつけてみたい質問は山ほどある。
[…]ところで、この小説全体の核を言えば、それは十八世紀の人々が、なかんずく百科全書の中で哲学者ディドロが、「マンスチュプラシオン」manstuprationと呼んだものに他ならない。今日、この単語をパソコンで打つと、ワードのスペルチェック機能がいつもながらの少々愚かしい直感を働かせ、「マニュタンシオネ」manutentionner(「取り扱う」)の間違いではないかと訊いてくるが、じつはそれも無理のない話であって、「マンスチュプラシオン」という言葉は十九世紀のリトレ辞典にすら載っていない言葉なのだ。では、リトレ辞典は「マンスチュプラシオン」が意味するところのものを何と呼んでいるかと言うと、「一人きりの放蕩」である。例のラルー先生は男やもめで、授業後もずっと教室に残って生徒の世話を焼き、自宅に電話するのを「けっして遠慮しないように」と言い、最も出来の悪い生徒たちに無償の補習授業を申し出るような人だったのだが、僕はそんな先生を見て、この人の生活は、こと愛情面に関する限り、マスターベーション一本やりなのだろうと考えていた。マスターベーション―僕自身、この悪癖から足を洗えずにいた。当時、僕の頭を悩ませていたのは、「古代ローマのウェルギリウスが〈恋人同士の行為〉の意にも〈戦士同士の抱擁〉の意にも用いたラテン語〈コンプレクトル〉をどうフランス語に訳すべきか?」、とか、「ラシーヌが誕生したとき、モリエールは何歳だったか?」といった問題だったが、それと並んで「人は何歳になったらマスターベーションしなくなるのか?」という難問が心を離れなかった。いちいちズボンの右ポケットの底の縫い目を解かなければならないことは、母に見抜かれるかも知れないという不安を別にしても、つくづく気の滅入ることだったが、しかし、教室の中であれ、街中であれ、僕のわがままな〈パートナー〉と一刻も早く再会し、「古代の哲学者ディオゲネスのやり方でさっさと片をつけ」(ディドロの言葉)るために、それはぜひとも必要なことなのだった。
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母の家で過ごした三日間 フランソワ・ヴェイエルガンス著/渋谷豊訳 前金に手をつけながらもう何年も書きあぐねている作家フランソワ59歳。最愛のママンの家に足を向けられないまま、ひたすら過去の甘い記憶・文学談義・お色気話に耽溺するのだが……。 |



