──『ムッシュ・マロセーヌ』
「男どうしの話だから、犬は聞かなくていいの。ここは失礼しましょう、ジュリユス」
ジュリーとジュリユスは出ていき、ぼくら二人だけになった。
「それで?」
「ひとつ、聞きたいことがあるんだ」
「このぼくを見込んでの質問ってわけか。教育をあずかる身として、光栄だね」
「ふざけないでよ、兄さん。簡単な話じゃないんだから」
「誰にだって簡単じゃないさ、ジェレミー」
(こんなふうに混ぜっかえすのが、ぼくは大好きなんだ。大して意味はないけれど、口にしてみると、こう気持ちが乗ってくるんだな。おまえが悩みごとの相談をしてきたら、試してみるさ。ほら、きっと元気づくぞ。)
ジェレミーはうつむいて、自分の靴をじっと見つめている。
「あのね兄さん、どうやって作るのさ?」
「作るって、何を?」
「いじわるだな。何のことか、よくわかってるくせに」
ジェレミーは靴のなかが熱くてたまらないみたいに、足の指をよじらせた。耳は真っ赤に燃えあがっている。水に浸かって消しとめなくちゃとばかりに、ジェレミーは思いきってダイブした。
「赤ちゃんだよ。どうやって赤ちゃんを作るのか、教えてほしいんだ」
驚愕は沈黙の母だ。あっけにとられるあまり、一瞬声も出なかったけれど、すぐそのあとには疑念がゆっくりと舞い降りてきた……いや、いや、ジェレミーは、ぼくをからかってるわけじゃない。だってほら、恥ずかしそうにもじもじしてるじゃないか。あとは唖然としたまま、馬鹿みたいに黙りこむばかりだった。こんなことって、あるだろうか? ポルノの花咲く世紀末、セックスのことしか頭にないこの国の、欲望の都たるパリのどまんなか、ウルトラ・エッチな一角の、うじゃうじゃ赤ん坊が湧いてでる家の少年が(しかもわが弟ときてる!)、生殖行為の基本的メカニズムも知らないなんて? あのジェレミーが! 十二歳で爆弾を作り、去年はぼくの雇い主をみんなまとめて殺そうと企てたジェレミーが!
(本文より)
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【あらすじ】
主人公バンジャマン・マロセーヌはパリの下町っ子。公私ともに損な役回りばかり押しつけられる「スケープゴート」なのだが、弟妹や友人には愛されて人間関係は上々。たびたび血なまぐさい事件に巻き込まれるものの、美人の恋人とそこそこ幸せな毎日を送っていた。
そんな彼も、父親になる日が近づいてきた。こんな冴えない自分が父親になってもいいのか悩む一方で、恋人のおなかの中にいる我が子相手に、外の世界について、型破りの家族たちについて、さまざまな思いを日々語るマロセーヌ。そうこうするうち、恋人に友人である映画界の大立者から、遺産相続の話が舞い込んできた。だがそれをきっかけに、彼が連続殺人犯の濡れ衣をきせられることになろうとは……。
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ムッシュ・マロセーヌ
ダニエル・ペナック著/平岡敦訳 マロセーヌ君、表の顔は出版社社員、裏では地上げ屋から町を守るため奮戦中。最愛の恋人から妊娠を知らされたと思ったら、連続殺人犯の濡れ衣をきせられて?! シリーズついに完結。 |



