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アンヌ・ヴィアゼムスキー 来日レポート

巨匠ロベール・ブレッソンの傑作『バルタザールどこへ行く』で鮮烈なスクリーンデビューを果たしたフランス映画界の伝説的ミューズ、アンヌ・ヴィアゼムスキー Anne Wiazemsky(1947-)が、その撮影過程を題材とした小説『少女』の翻訳刊行を機に、東京日仏学院「読書の秋」の招きで来日した。(初出:「ふらんす」2011年1月号

「少女の受難と情熱」四方田犬彦  白髪で、長身で、いつももの静かで周囲に威厳を放ち、畏敬されている老人がいる。だが彼は同時に老獪であり、孤独であり、仕事先にわざわざ飼猫を二匹連れてきて、寝る前にはかならず猫と遊んでいる。そしてときに怒りを炸裂させたかと思うと、子供っぽく懇願し、内気にして感傷的である。自分の周囲に対しては帰依を要求する独裁者ではあるが、謎めいていてその人格の深さを見通すことが容易ではない。約(つづ)めていえば、旧約聖書の神様を人間に仕立てあげたような人物である。
 父親の死後、希薄ではあるが恒常的な喪に耽っていた少女の前に、ある日突然、この老人が現われる。それも全世界の映画ファンに畏怖されている監督として。彼は彼女の声を聴きたいといい、ひとたび聴いてしまうと、この声といつもともにいたいという。こうして少女は、演技の経験もないズブの素人であるというのに、彼の新作に主役として抜擢されることとなる。だが真実はやがて表明する。素人だからこそ抜擢されたのだ。職業的な俳優のいかにも演技らしい演技こそ、この監督が憎んでやまないものであった。あらゆる意図も内面的感情も消し去って、無表情のうちに科白を棒読み同然に口にすることこそが、彼の求めるところだったのである。こうしてロベール・ブレッソン監督、アンヌ・ヴィアゼムスキー主演による『バルタザールどこへ行く』Au hasard Barthazar の撮影が、1965年に開始された。
 やがて作家としての地位を確立したヴィアゼムスキーは、60歳のときを待って、この当時の思い出を執筆する。だがその『少女』Jeune fille という書物は、厳密にいうならば回想でもなければ、映画史的記録でもない。ひとりの無垢な少女が映画とセックスという未知の世界へと参入してゆくことを描いた、通過儀礼の物語であり、過ぎ去った人生の時間のなかでもっとも幸福であった日々を若干の虚構を交えながら文学として残しておこうという意志の現われである。

東京日仏学院「読書の秋」対談イヴェントでの
アンヌ・ヴィアゼムスキー(2010年11月17日開催)
 『バルタザールどこへ行く』というフィルムは、わたしにとって長い間特別の作品であった。ほとんど驢馬と少女しか登場しないフィルムをわたしは、高校生時代に喧騒の新宿で観て、ひどく強い印象を受けたのである。2000年にロンドンの映画雑誌『サイト& サウンド』が世界の映画批評家100人にアンケートを出し、この百年のフィルムから10本を選ぶようにと書いてきたときにも、その1本として取り上げている。だから『少女』が刊行されたときには、ブレッソンの演出術や作品の舞台裏を覗くことができるかもしれないという期待があった。だが読み進めていくうちに、それが軽薄な期待であると判明した。これはそれをはるかに凌駕した小説であったためだ。端的にいってそれは、突然に襲いかかった偶然の受難を何とか運命の必然として受け入れ、読み替えようとする女性の魂の記録なのである。
 ブレッソンの作品を何ひとつ観たことがなかった主人公は、クランクインの前日、監督本人に連れられて、パリのとある映画館に前作『ジャンヌ・ダルク裁判』Procès de Jeanne d’Arc を観に行く。スクリーンのなかではジャンヌに扮したフロランス・ドゥレが必死に苦悶を訴え、泣きじゃくっている。
 「私、死んでもいいわ。でも焼かれるのはいや。私の体はけがれてなんていない。この体を消滅させたくないの。灰にしてはだめよ」
 ちなみにフロランスはヴィアゼムスキーをブレッソンに引き合わせた張本人である。この映画鑑賞の場面が告げているのはジャンヌの受難だけではない。それは明日から開始される主人公の受難の予徴でもある。フランス語で受難が情熱と同じpassion という単語であることは、あえていうまでもないだろう。

 アンヌ・ヴィアゼムスキーとは一度会って、いろいろと訊ねておきたいことがあった。ゴダールのもっとも過激な時代を共にした証人であり、わたしが長らくその詩の翻訳に携わっていたパゾリーニの作品に2本、出演している女優だからである。このたびの来日で、東京日仏学院の場を借りそれが叶ったことは存外の悦びである。彼女が思慮深く、誠実で、しかもノスタルジアの甘美さを物語にできる才能をもった人物であることは、話していてただちに判った。ブレッソンの映画で主演した女性たちは、その後も小さく親密な共同体を築きあげ、彼が物故した際にも葬礼に参加したという。40歳を過ぎたころから、父方の祖国であったロシアのことが大きな意味をもつようになったともいった。いいことを聞いたと、わたしは思った。『少女』という小説が、ブレッソン的な深さにおいて読まれることを、わたしは期待したく思う。
(よもた・いぬひこ)

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