主人公アルマンは、再会したかつての友人リュシアンの惨めったらしさに同情し て、自分が愛人と住む家へ食事に招待する。
* * *
明るい色のドレスを着たジャンヌが現れた。胸もとと腕を露わにして、ファトマの手の形のネックレスをつけていた。耳にはピアスの穴を開けているけど、この日はイヤリングをしていた。唇のルージュが、まるで女優みたいに上唇の輪郭を際だたせていた。手ぶらだったし、洗面を済ませたばかりだったので、指の結婚指輪をくるくる回して乾かしていた。自分ではそれに気づいていないようだった けど。
ダイニングルームは薄暗くて、わずかに日が差し込んでいるだけだった。それでも、彼女はさも眩しそうに敷居で立ちどまって、目で窓を探した。まるで、直前まで重要な仕事に没頭していた人みたいだった。
それから一瞬、間を置いて、やっとぼくらに気がついたといった感じで微笑んだ。
いつもどおりの行動だった。驚いたふりをしたがる女なのだ。大女なのに、女っぽくみせようとして、わざとぼんやりした風情をつくったり、無邪気そうに振舞ったり、ちょっとしたことでびっくりしたりしてみせるのだ。
彼女が歩み寄ってきた。人を招いたことが嬉しくてならないらしく、リュシアンの貧乏くさい格好も気にしていなかった。一刻も早く客にうち解けてもらおうと、歩きながら、もう、握手の手を差しだしていた。
ぼくは彼女にリュシアンを紹介した。リュシアンは反射的に両足のかかとをかちっと合わせた。復員以来、忘れていたはずの動作だった。しゃちこばって気をつけの姿勢をしていると、あまり内気そうにも見えなかった。でも、ジャンヌと握手しているその手だけは、まるで体全体から切りはなされているみたいで、心の動揺をはっきり表していた。
「アルマンからいろいろ伺っています」ジャンヌは顔に笑みと真剣さを交互に浮かべながら言った。もちろん、表情を切り替えるタイミングも計算ずくだった。
彼女はぼくを見つめた。その目は、巧みな客あしらいを褒めてもらいたがっている目だった。女は往々にしてそうだけど、彼女もまた、自分の目配せは恋人にしか通じないと思っていた。ぼくは当惑した。リュシアンが目配せの意味を見抜いたようだったから。
実際、彼の顔は真っ赤になって、小さな汗の滴が額に輝いていた。ジャンヌに圧倒されて、部屋の中にいるのに、道に迷って途方に暮れているみたいだった。この日初めて、彼は縋るような目でぼくを見た。ぼくは居たたまれない気がした。
数秒間、ぼくらは誰も口を開かなかった。リュシアンは両手を組んで、花瓶のミモザを見つめていた。この花だけは自分の味方だと思っているのだ。この家に外からやってきたのは、彼とこの花だけだったから。
「さあ、テーブルにお着きになって」
ぼくは椅子に座った。ぼくがふだんの席に着けば、それでちゃんと作法どおりになるようにテーブルが整えてあった。
リュシアンは突ったったままだった。床を傷つけてしまうのが怖くて、椅子に手をかけることができないのだ。
「ほら、リュシアン。食事にしよう」
ようやく彼は椅子に座ると、まず、テーブルの下を覗きこんだ。きっと人の足と椅子の脚が入りくんでいただろう。彼はそっと足を伸ばした。
(『きみのいもうと』より)
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きみのいもうと
エマニュエル・ボーヴ著/渋谷 豊 訳 税込価格1,785円 (本体価格1,700円) どん底の貧乏生活を送っていた「ぼく」も、今では悠々自適な未亡人のツバメ。しかし、惨めな旧友とその妹に出会い同情と優越感を覚えた瞬間、彼の心の平安は音を立てて崩れ始める……。 |



