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『キャッチャー・イン・ザ・ライ』に待望の〈ペーパーバック・エディション〉が登場! 「たったひとりのホールデン」三並夏 ![]() 10代の今この本にふれたことは私にとってすごくよかったことだ、と読み終わってすぐに思った。物語を読んでいるというより、ホールデンの呼吸をずっと聴いているみたいな感じだった。ホールデンは私よりひとつ年上の16歳で、すごくまっすぐな、大人に媚びない少年である。小説の主人公には、たいていちょっと説教くさい部分があったり、偽善者っぽい部分があったりするのだけど、彼はそうではない。そういう意味で、私たちは、ホールデンの持つ「身近な感覚」をフィルターにして、物語に入り込むことができる。 正直言って、読み始めは少しなじめなかった。ちょっと言葉は悪いけども、大半はホールデンの自己中な愚痴である。 たとえば、フェンシングチームのマネージャーをしていた彼は、試合当日用具一式を地下鉄に置き忘れ、チーム全員に迷惑をかけてしまう。当然チームメイトは彼をフルシカトするのだけど、ホールデン本人はまったく反省せず、言い訳ばかりしている。さらに、勉強をサボり、学校の先生にも迷惑をかけまくって退学になるのだが、そのことについても、ぜんぜん自覚していない。 でも気がつくと、私はホールデンの頭の中にぴったり沿うようにして文字を追っていた。ホールデンの「自己中な愚痴」が、自分がときどき考えてしまうことに共鳴するのだ。 彼の愚痴は学校だけにとどまらない。あらゆる年上の人や大人を、徹底的に見下している。ツッコミがとても細かくておもしろかった。バーコード頭のおじさんに卑しさを感じたり、人前で鼻をいじりセンスのないブランケットを使う老人に嫌悪を感じたりと、人の嫌な部分をいちいち容赦なく斬っていく。彼の鋭い視点に私は何度もうなずいた。 だが彼が見せるのはそういった観察者としてのわがままな一面だけじゃない。なんだかときどきものすごく胸に迫ることを言ったり、妹を大切にするシスコンっぽい優しさを見せたり、やりたいほうだいのくせに、急にもっともらしい正しさを見せる人になってしまったり、深い孤独に沈んだりするのだ。 こんなシーンがある。ルームメイトと殴り合いをしてしまい、ベッドを借りに行ったところ、気遣いなく事情を根掘り葉掘り尋ねられ、うんざりして、『とつぜんものすごくこう、やるせない気持ちになってしまった。このまますっと死んでしまいたいと思ったくらいだ。』と彼は思う。とにかくものすごくうんざりして、あらゆるすべてが億劫になって、もう消えてしまいたい、逃げてしまいたい、という衝動を感じることはあるが、言葉にしてみれば、確かにそのとおりだと思う。 また大人の人(特に、自分が思想を持っていると思い込んでいる、金持ちや先生)の正義感たっぷりの説教や自説を押し付けられ、なんかムカつく、なんかそれはちがう、と思うとき、私たちはただそうやって「なんか」苛立ったままいやな気分をすごさなければならない。 ホールデンの心の声は、この「なんか」を的確に言葉にしてくれる。 その中身はすごく幼稚で、あとから振り返ると、自分ってガキっぽいな、なんて思ったりするのだけど、その時は、そういうふうに尖ったことを確かに考えている。だけどこの感じを誰かに説明したり理解してもらおうとすると、それはいつもとても難しいことなのだ。 迷いながら、時には逃げたりして生きている、複雑に絡まった心の中が、ぜんぶちゃんと語られている。ホールデンは、私たちのちょっと敏感な心の部分、なんとなく切羽詰った焦りを、余さずすくい取って言葉にしてくれるのだ。 ただそれがあまりにもリアルだったので、最後の方は切実に泣けてきた(同情や感動とは少しちがう、安心のなみだだと思う)。大人になってしまってからこの本に出会っていたら、わたしはどう思っただろうか。たぶん、ホールデンのすがたは、今とは変わって映るのではないか。今のホールデンは最高にかっこよくて、ユーモアのセンスにあふれていて、それでいてちょっと不思議な感性の持ち主で、つまり、今のわたしが見ればなんだかクールな少年なのだけど、身も心もいわゆる「立派な大人」になってからでは、「こいつムカつくガキだな」と思うかもしれない。そのことを考えると、やっぱりよかったと思うのだ。 この本は、すべてホールデンから見た世界が描かれているので、彼は人々のちょっと嫌なところを徹底的に批判するが、自分自身は潔白であるかのように語っている。でも、そういうふうに感じてしまう、あるいはそういうふうに言ってしまう理由はよくわかる。わかってしまう。つまりホールデンは、私たちの中にある、自分本位でちょっと嫌な部分を引きずりだすのだ。 なんだかこの作品の世界、ホールデンにことごとく深く引き込まれるので、どこがどうすごくて、面白くて、すばらしいのかを冷静に説明するのは難しい。とにかく、読んでいてものすごいデジャヴが降りそそいだ。 目の前に広がる、世界のすべてに、なんか、とにかく難癖をつけてやりたくなること、不満、苛立ちに地団太を踏むような経験、そして、逃げたくなることもある。でも一方であらゆる不条理を受け入れることのせつなさも知っている。それはそんなにおかしいことではない、そのことをホールデンは教えてくれる。 私は、私だけじゃないんだな、と救われたような気持ちになった(泣いてしまったのは、ありがとうの意味だと思う)。そして同じような経験をしているであろう同世代の人たちに、この本をぜひ読んでほしいと思う。今の心でホールデンに出会ってほしい。それは、今でなければならない。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は、たったひとりで闘っている私たちの肩を、そっと叩いて、大丈夫、と語りかけてくれる。そう感じた。 (写真提供:河出書房新社/写真クレジット:Copyright Uemura Akihiko) |
三並夏 1990年生まれ。静岡県出身。2005年「平成マシンガンズ」(河出書房新社)で、第42回文藝賞を史上最年少15歳で受賞する。
キャッチャー・イン・ザ・ライ〈ペーパーバック・エディション〉 ●【特集】 |




