菊地信義 KIKUCHI Nobuyoshi 装幀家 ●対談● 蜂飼耳 HACHIKAI Mimi 詩人
事件が生まれる場所 ─1─
- ◆菊地信義(きくち・のぶよし)氏
- 装幀家。1943年、東京生まれ。著書に『装幀談義』『装幀=菊地信義の本』『樹の花にて』『わがまま骨董』ほかがある。
- ◆蜂飼耳(はちかい・みみ)氏
- 詩人。1974年、神奈川県生まれ。詩集に『いまにもうるおっていく陣地』、絵本に『ひとり暮らしののぞみさん』がある。
●一望したいテキストと、深いチリ
司会 蜂飼耳さんの初のエッセイ集を刊行させていただくにあたり、菊地さんには企画の段階から大きく関わっていただきました。菊地さんが「とてもいい文章を書く人がいるから」とおっしゃったのがすべての始まりだったと言えますが、蜂飼さんの文章との出会いについて、菊地さんにまずお聞きしたいと思います。
菊地 連載されていた図書新聞は、随分前にデザインのフォーマットをつくったご縁で、毎週送っていただき只読みをしておりました(笑)。そこで初めて蜂飼耳の名前を目にしたんですが、この著者名に馴染めず、読めなかったんです。それが偶然、書店で手にした絵本の文が同じ名前、デザインも絵も良かったので求め、読んでみると、文がすこぶるいい。図書新聞は一年間は取ってあるので、連載を全部読んだ。とてもいい文章を書く人だった。
司会 単行本の企画が決定し菊地さんに装幀の依頼でうかがったとき、「蜂飼さんの文章にこれまでにないデザインを捧げたい。ただし現在の機械による製本技術で出来るものだ」とおっしゃって、今回の一番の特徴である深い「チリ」(表紙と本文の判との間の、三方はみ出た部分)のことを教えていただきました。通常三ミリ程度のチリを八ミリお取りになっています。深いチリをお選びになった理由、経緯をお聞かせいただけますか。
菊地 蜂飼さんの文章を読んで、一番強く思ったのは、妙な言い方ですが、文を一望したい、ということでした。「読む」と同時に文が「見える」ことが必要な文章ではないかと。こういった文章を目にしたのは初めてなんです。図書新聞の連載は四枚ほどですか、文字が小さく、行間もせまく、新聞で読んだとき気づいたわけではなかったんですが、棒ゲラで読んで驚いた。主題を読み進んでいると、関係ないと思われた数行前の一文が覆い被さってくる。数行先にある文の単語が意識を引っ張る。文章の主題であると思って読んでいるうちに、主題があいまいになってきて、著者が主題を孕んだ、事や物の前にこちらも立たされている、そんな不思議な事態になっている。陶芸をはじめ、工芸作品に象嵌という手法がありますね、異なる土や異なる金属でベースに文様をはめこんである。そんな視覚的な効果も感じさせる文の姿です。何とか、それを一望できるような版面をと、考えた。そのためには少々大きな文字で行間に余裕もほしい。しかし版元の希望は四六判で二百頁に仕上げること。版型を大きくするか、頁数を増やさないかぎり、版面に余白が不足して読みづらい本になることは明らかだ。縦組の本文は天地や小口に余白がないと、目線が本の外へこぼれてしまう。さて、どうしたものかと、思案の先へ浮かんだのが、書見台で本を読んでいる人の姿。台の上の和綴じの本にはチリが無い。書見台がチリの役を荷って、本の外の物や空間から版面を読むという行為の結界を結んでいる。上製本のチリは自前の書見台なのだとすれば、チリを深くすることで版面の余白の不足を補える。
実現にあたっては製造工程の機械化に乗せられること。流通過程の梱包に耐えられること、そんなあれこれを検討し、八ミリというチリが見えた。
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孔雀の羽の目がみてる |



