菊地信義 KIKUCHI Nobuyoshi 装幀家 ●対談● 蜂飼耳 HACHIKAI Mimi 詩人
事件が生まれる場所 ─3─
●事件の現場と、新たな心を縁取る場所
司会 蜂飼さんの文章を一読者として読んでいると、固定した自分の視点が揺さぶられ、乱されるということを感じます。そして揺さぶられた後に放っておかれるというか。蜂飼さんは絶対に答えを出したり、ご自分の意見を押しつけるということがないですよね。ただ読んだあとに心がざわついて、余韻としてなにか残るんですが。
蜂飼 言葉の持っている力が、読む人のなかにある言葉に対する体験を反映して動き出せばいいな、とは思っています。今おっしゃった、私がエッセイのなかである種の意見をずばり、ただ一点示したりせずに、いくつかの視点を漂わせているのは、読む人に覗いてみてほしい、入ってきてほしいからなのです。書くものが、読む人と言葉と、それを書いている私自身とでぐるっと一緒に巡って動いていくことのできる場所でありたいんです。文字でも言葉でもなく、そこから出現する場所でありたい、というか……。
菊地 今度の仕事で一番意識したことは、蜂飼さんの文章を盛る容器、入れ物を作るんじゃないということです。文章を読むことで起きる読者の心の事件、その現場を作るという意識です。「蜂飼さんの文章ってどんなイメージ?」「こんな印象だよ」というように印象を紡ぎあげた容器では駄目だと。ブックデザインは通常、情報としての文章の容器として存在している。蜂飼さんの文章は、一つの事件の現場をつくってみろ、と僕に要求してきた。
蜂飼 それはやはり詩に対する考え方とつながっているところがありまして……。
菊地 詩というか、表現というものが隠していたものではないか、と思うのね。大きな言葉は使えないですが、著者と読者の関係は、表現する人がいて表現を受け取る人がいる、というように成り立っている。それはおかしいのではないか。詩に限らず文芸作品は、一人一人が読むことで初めてそこに作品が生まれるわけで、それは一つの事件です。ところが大半の物書きと読者は、個性や才能ある人が作品を作り、それを読者は受け取るという関係を疑わない。消費社会そのものです。作家というメーカーがあり、読者という消費者がいる。そんな関係の中に本もとり込まれてある。本のチリを封印したのは本を単なる情報の容器と考え、発信者と受信者のコミュニケーション速度や効果を目的としたデザインです。
蜂飼 それはどういうことですか。
菊地 情報としての文章であれば、何が、どこが重要だ、と発信する側でいくらでもコントロールできます。そもそも発信する側は発信することに目的があるわけですから。如何ようにもそれを飾ったり特徴づけたりできる。デザインはまさに操作技術として生まれてきたわけで。僕はずっとそのデザインを疑ってやってきた。デザイナーと名乗りたくないから装幀者と名乗っている、恥ずかしいから。
幸いなことに長い間文芸の仕事にたずさわってこれたから、本文を罫で囲みこんだり、ノンブルや小見出しを飾ったり、必要のない図版を版面へ導入しなくて済んでいたのですが、最近、文芸書でも罫や図版で、本文を飾ったり、余白をデザイナーの遊びとしかいえないような使い方をしている本を目にする。書名や著者に興を感じても、版面の読みづらさでパスしてしまう。
蜂飼 それは純粋に読書する場面において読みにくい、という感覚的なことですか。
菊地 ええ、感覚的なことです。どうしたらそういう罫から自由になれるのか、と考えたとき気がついたのが本の〝チリ〟なんです。チリは、読書行為において、バックの空間やものから版面を読むという行為の場へ結界の役になっていないか。
本を読み出すとき、無意識に版面と自分の視線、角度を調整しているんです。それにチリや余白を使っている。文字でその調整は出来ないんです。大きな枠組みからじょじょに自分を調整している。本という物の大外・縁(へり)がチリ。読み始めていくと、チリはだんだん視線から消えていく。視線が向かうのは行になり、文字になり、そして言葉が内に生まれてくる。何を見ているのか、文字を読んでいるという意識すらなくなっている。面白いもので、文章がつまらなく気が抜けてくると、チリが、或いは物としての本が何となく見えているんですよね。
逆に文章を読んで感応してしまって、感慨を持つというか、気持が自分から〓れ出てしまう、未体験の心の状態に至って、不安や驚きに、視線はチリを探している。読書という事件で今までの自分ではない心に動いてしまったんだと思うんです。えっ、こんな風に感じるの、こんなことあっていいの? 自分に驚いて、チリを探す、助けを求める。それを受けとめてくれるのがチリだと思います。チリは、新しい心の秩序のために一人一人が心に描く罫なき罫なんです。人から与えられたり強要されてはいけないと思います。
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孔雀の羽の目がみてる |



