……昭和5年の夏、東大法学部の学生でサッカー部のキャプテンでもあった篠島秀雄は、友人の誘いで出かけた広島で17歳の美しい娘、奥田春枝に出会う。ひと目で恋に落ちた彼は、帰京後、春枝に宛てて自らの胸のうちを書く。遠く離れた春枝への手紙は、3年後に二人が結ばれるまで、日課のように綴られた。
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……僕は君にいわゆる物質的な幸福を与えることは恐らくできないかと思います。また、君は僕から将来の栄達、社会的地位を期待することはできないだろうと思います。僕自身、それを野望したことはあります。が現在では、栄達を非常にaspireする気持はあまりありませんから。できたらしてもいいくらいの所です。が、自信はなくても時恃はあります。君が偉くなれといえば猛烈にやります。たとえ君が他人の妻としてでも。
しかし栄達を求めないといったって、乞食をしてもいいというんではありません。そんな無気力な男ではありません。が、僕はつまらない男です、くだらない人間です。君が信じて下さるにはもったいないような気がします。君に値しない者です。恐らく僕が君に与え得るものは不満のみかも知れません。そうでないように今から少しでも努力はしますけど。
ただ僕が自信をもって断言し得ることは、君を思うことの誰よりも強いであろうということです。神に見られても恥かしくないことは、このことです。君と生涯を共にするのでなければ、僕は一生独身で淋しく暮すかも知れません。途中で死ぬかもしれません。淋しさに堪えられずに。しかしたとえ気が狂っても、君の幸福を願う心だけは変らないでしょう。
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……間接にはいくらも君の御気持は聞くことができましたが、なんとなく物足りなく感じていたのは事実です。それは当然でしょう。しかし、いまこそ、はっきり、直接に君の筆から、その真実を知り得たのです。しっかりと踏みつける大地を得たのです。僕の喜びを想像して下さい。僕の感謝を受けて下さい。
僕は君に書かずにはいられない。書いているうちも、清い美しい君の姿に直接呼びかけているつもりです。春枝氏よ、君の純な笑顔を僕に振り向けてください。僕の全人格をうちこんでこの手紙を書いているのですから。僕にとっての全生命、全世界は君一人なんです。たった一人なんです。
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……君は御両親が許して下さらないときは独身で過ごすという。が僕は君が他に嫁いだときに独身で送ろうと思うのです。二人が信じ合っているのなら、君が独身で送り僕も独身で過ごす必要はありますまい。二人はもっと強くなろうではありませんか。僕は世間知らずなのかもしれません。しかし大学を出て、健全な男が生きて行けないなどとは考えられません。どんなことをしてだって立派に生きて行けると信じます。まして、君という好伴侶あって、なんで弱くていられましょうか。僕は力があると思います。君こそ力を与えてくれると思います。信じます。
(『君に書かずにはいられない』より)
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後に54歳の若さで三菱化成社長の座につき、財界で重きを成した篠島とその妻の類稀れな純愛を描くノンフィクション。
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君に書かずにはいられない
税込価格1890円 (本体価格1800円) 今から70年以上前、若き東大生が17歳の少女に恋をした。青年の名は篠島秀雄。後に財界で名を成した彼が妻となるべき人に宛てた膨大なラブレターをもとに、胸を打つ愛のかたちを描く。 |



