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ちょっと立ち読み
古人の風貎 

久世光彦氏絶賛!
この人のように、澄みきった水色の心で本を読みたい。私にとって『古人の風貌』は、夜明けに繙く〈知の聖書〉である。

 過去を思い描くよすがとして、いつも本と風景があった。どちらも記憶と深く結びついているのだが、その結びつきには、ゆらめくような微妙なところがあるので、なによりも性急なことをつつしまなければならない。ゆっくりと時間をかけてしずかに心を傾ければ、本も風景も、いつかはこちらの求める話を語り始めるものだ。

 古い本のなかにわずかに面影をとどめている昔の人物について、それぞれに小さな肖像を描いて、できればそこにゆかりの風景を点じてみようというのが、この本の趣旨である。(中略)古のいずれも個性ゆたかな人物たちは、人が生きることの悲しさとおかしみ、そしてなによりも、懐かしさを思い出させてくれるような気がする……
(「はじめに」より)

*     *     *

 自らについてほとんど語ることのなかった綺堂だが、日常したしく接した人の言葉によると相当な頑固であったらしい。その執筆中の姿を、養嗣子であった青蛙房主人、岡本経一氏が、『半七捕物帳』のあとがきのなかで、目に浮かぶように伝えてくれている。

「まことに明窓浄机だった。机の上には原稿紙とペンだけ、身のまわりに本一冊、紙きれ一枚散ってもいなかった。その原稿紙は必ず厚手の四百字詰、ペンはGペンに限られて、万年筆も鉛筆も使ったことがない。十年一日のごとき綺堂老人は、机の前に正座して、一字一字を楽しむように、丁寧に力を入れて書く。ジージーと微かな音を味わうようであった。まるで書き損じのないような、きれいな原稿である。読みかえして、読み誤り易いものにルビを振る。必ず左の肩にノンブルを振り、右の肩一ヶ所を元結いで綴じる。――それが編集の実務上、最も扱い易いことを後に私は知った。」(中略)
 ある日、中学生の綺堂と書記官アストンは連れだって神田神保町を散歩して、現在のすずらん通りにさしかかった。あまりに町が汚いことを恥じた綺堂が、「ロンドンやパリには、こんな汚い街はないでしょうね」というと、アストンはうなずいて、「シンガポールや香港にも少ないでしょう」といった。すぐにつづけて、「私は、日本の街を歩くことを好みます。そこにはロンドンやパリはもちろん、シンガポールや香港にも見出されないような、大きな愉快を感ずることができるからです。それは途中で出逢う人、――男も女も、老人も子どもも、みなチャーフルな顔つきをしていることです。どの人もみな楽しいような顔をして歩いています。こればかりはおそらく他の国には見出されますまい。それを見ていると、私も自然それにつりこまれて、おのずから愉快と幸福とを感じます。(中略)」といった。さらにことばを継いで、「東京の街はいつまでもこのままではありません。街はかならず綺麗になります。路もひろくなります。東京は近い将来、かならず立派な大都市になることを私は信じて疑いません。しかしそのときになっても、東京の街を歩いている人の顔が今日のようであるか、それは私にもわかりません」。そういって、アストンは悲しむように低い溜息をもらした。明治二十二年に日本を去ったアストンは、『日本書紀』の英訳、『日本文学史』『神道』という著作を残している。少年時代に耳にしたこのアストンの一言が、のちの綺堂の生き方に何らかの影響を及ぼさなかったはずはない。

(『古人の風貌』より)

古人の風貎
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古人の風貎 
鶴ヶ谷 真一 著
税込価格1995円 (本体価格1900円)

 古い本のなかにわずかに面影をとどめる懐かしい日本人の小さな肖像集。爽やかな頑固さを貫いた岡本綺堂、ドイツ人哲学者に弓を教えた阿波研造、去来の薄幸の妹千子など17人。

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