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ちょっと立ち読み
それでも古書を買いました 

 フランスから送られてくるオークション・カタログを眺めていると、ときどき驚くほどの掘り出し物に出会うことがある。19世紀の新聞(ただし週刊)を合本したものの端本である。たとえば、数年前に手に入れたのは『イリュストラシオン』という有名な週刊絵入り新聞の約50年分のセットであるが、これがわずかに50万円ほど。1843年に創刊されて1939年に廃刊されるまで100年弱続いた新聞だが、完全セットを日本の洋古書店で買うとなったら800万円は下らない。その半分セットが50万円で手に入ったのである。安い安い。(中略)

 ところが、その50年分の『イリュストラシオン』が横浜の保税倉庫に到着したという知らせを受け取ったとき、青くなった。というのも書類に書かれていた本の重量がなんと2トンだったからである。2トンといえば小型トラックの積載量と同じである。しかも倉庫会社に問い合わせたところ、コンテナ用の巨大な木箱に梱包されているという。(中略)そこで、通関業者と運輸会社に電話すると、内容が絵入り新聞で、その重量となったら、手数料はどう安く見積もっても数十万円は下らないという返事。税関で内容をいちいちチェックするから、その間の通関費用と倉庫代が馬鹿にならないのだ。次に、通関がうまくいき、フォークリフトで木箱をトラックの荷台に載せたとしても、それを自宅で降ろすときにはクレーンで持ちあげるわけだから、クレーン付きの特殊な運搬車両が必要になる。(中略)これは困った。すでにオークション代金50万円を払ってしまっているので、そんな余分な金はどこにもない。考えられる手段は、通関手続きを全部自分でやったうえに、トラックを借り、自宅への搬入も自分で行なうのである。もちろんクレーンの操作などできないから、荷受けした木箱をその場で解体し、中身だけをトラックに積んで運んでくるという段取りである。

 1日がかりの通関手続きをすませた翌日、私と女房はレンタカーでトラックを借り、軍手にトンカチとバール、釘抜きなどの解体セットを購入し、保税倉庫に向かった。季節は8月中旬。しかも、その年は記録的な猛暑だった。本牧埠頭はギラギラと太陽に焼かれていた。

 幸い、フォークリフトのおじさんが親切で、倉庫から木箱の荷受けばかりか解体も手伝ってくれたため、作業は思ったよりも時間がかからなかったが、問題は解体した木箱の処理である。トラックはすでに2トンの本のダンボール箱で満杯である。壊した大量の木枠を載せる余地など残されていない。保税倉庫の係員に掛け合ったが、木枠処理は運送会社の責任だから、我々は関知しないというばかりである。途方に暮れているところに、さきほどのフォークリフトのおじさんが現れた。鼻の頭が赤いところを見ると徳利大明神と縁が浅からぬことがわかる。それに気づいた女房がとっさにおじさんに声をかけ、一晩は痛飲できるだけの金額の袖の下を渡して、木枠の処理を頼んだ。こういうときには女というのは強い。おじさんはすっかりいい気持ちになって「いいよ、なんとかしてやるよ」と答えた。

 それらの消費税のかからぬ間接費用も一切合財ひっくるめて、経費は10万円強。安くあがったとはいえる。しかし、通関・運搬に要した我々の2日間の労働時間のことを考えれば、安いとばかりいえるかどうか。

 そこで、教訓。オークションで落とすときには、“量”のことも考えろ。

(『それでも古書を買いました』より)

それでも古書を買いました
もっと詳しく
それでも古書を買いました 
鹿島 茂 著
税込価格1995円 (本体価格1900円)

 古書店独特の時間の流れを愛し、稀覯本を求めて古書店めぐりやオークション、通販カタログに心ときめかせつつ、家中を占領する本の津波との戦いをくりひろげる愛書家の、悲喜こもごもエッセイ。

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