わたしは読む。病気のようなものだ。手当たりしだい、目にとまるものは何でも読む。新聞、教科書、ポスター、道端で見つけた紙切れ、料理のレシピ、子供向けの本。印刷されているものは何でも読む。
私は四歳。数日前から戦争が始まっていた。
当時わたしたちは、小さな村に住んでいた。駅も、電気も、水道も、電話もない村だった。 (「ことの初め」より)
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文字に早熟な少女時代。貧しいけれど、両親・兄弟と身を寄せあう幸福な日々。
しかし、「子供時代のわたしたちを繋いでいた強い絆が断ち切られ」、「忌まわしい年月」が訪れる。やがて家族はばらばらになり、成人した〈わたし〉は祖国を離れ、スイスに流れ着いて〈難民〉となる。
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新聞で、テレビで、十歳のトルコ人の子供が寒さと極度の疲労で死んだことを知る。その子は両親に連れられ、国境を違法に越えてスイス国内に入る途中だったという。密入国を手引きする「渡し屋」が彼らを案内したのは、国境に近いある地点までだった。あとは、その家族が、一番近いスイスの村をめざしてひたすら真っ直ぐに歩くだけだった。彼らは何時間も、山や森の中を歩いた。冷え込みが厳しかった。ようやく目的地に近づくと、父親が子供をおんぶした。が、すでに手遅れだった。村に辿り着いたとき、子供は疲れと、寒さと、体力消耗により、死んでしまっていた。
この報道に接して私がとっさに思ったことは、スイス人なら誰もが思うようなことだった。「そんな危なっかしいことを、よくも子供を連れてやる気になるものだ。あまりにも無責任で、許しがたい」。次の瞬間、そう思った自分自身が烈しいショックに見舞われた。十一月末の冷たい風が一陣、暖房のよく効いた私の部屋に吹き込んでくる。私の内部で記憶が、唖然として、声を上げる。「何だって? おまえはもしかして、何もかも忘れてしまったのかい? おまえ自身がかつて同じことをしたではないか。まったく同じことを、しかも、おまえの子供は、まだ生まれたばかりといってもいいほどの赤ん坊だった」 (「記憶」より)
もし自分の国を離れなかったら、わたしの人生はどんな人生になっていたのだろうか。もっと辛い、もっと貧しい人生になっていただろうと思う。けれども、こんなに孤独ではなく、こんなに心引き裂かれることもなかっただろう。幸せでさえあったかもしれない。
確かだと思うこと、それは、どこにいようと、どんな言語でであろうと、わたしはものを書いただろうということだ。 (「国外亡命者たち」より)
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四歳で本を読むことのできた少女も、異国の地ですっかり「文盲に戻ってしまった」。幼い頃から、読むことと書くことで悲しみを乗り越えてきた彼女は、26歳で語学学校に通い始め、フランス語の読み書きができるようになる。そして、あの傑作『悪童日記』を書き上げるのである。
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わたしは、自分が永久に、フランス語を母語とする作家が書くようにはフランス語を書くようにならないことを承知している。けれども、わたしは自分にできる最高を目指して書いていくつもりだ。[……]
そう、ひとりの文盲者の挑戦なのだ。 (「文盲」より)
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文盲
アゴタ・クリストフ 著/堀 茂樹 訳 税込価格1470円 (本体価格1400円) 世界的ベストセラー『悪童日記』三部作の著者が初めて語る半生。祖国ハンガリーを逃れ難民となり、母語ではない「敵語」で書くことを強いられた、亡命作家の苦悩と葛藤を描く。 |



